ドメスティック・ラブ

 手を、繋いでる。
 まっちゃんは少し前にいるため、私の目の前に二人の手の結合点がある。アルコールのお陰で体温の上がっている私の手に比べて、まっちゃんの手はひやりと冷たかった。
 別にまっちゃんと手を繋ぐのは初めてじゃない。学生時代の夏合宿の肝試し、クジで偶々ペアになって手を繋いでルートを往復したし。以前皆で行った遊園地のお化け屋敷もじゃんけんの結果ペアになって手を繋いで入る事になった。
 だから今更照れない。照れたりしない、はずなんだけど。やっぱり、手を繋げと強制的に指示された肝試しやお化け屋敷の時とは何かが違う。あの時はまっちゃんに限らず誰と手を繋いでも何も思わなかった。でも今は。

 店から遠い場所に車を停めた訳じゃないので、そこからコインパーキングまでは目と鼻の先だった。短過ぎる距離のお陰で、手を繋いでいた間だけパタリと会話がなくなったのもそこまで不自然じゃなかった様な気がする。
 車に乗ってからはまっちゃんは何事もなかったかの様に平然としていたし、私もいつもの通りくだらない事を言ってはけらけらと笑い、また彼を笑わせた。
 だからまあ最後にもう一幕、この続きがあるなんて、完全に予想外だった。
 車がマンションの駐車場に停まり、「ありがとう」と言いながらシートベルトを外そうかと手をかけたその時。

 瞬きをする間もなかった。ハンドルとサイドシートの肩に手をかけたまっちゃんの顔が近づいてきたと思ったら、唇に柔らかい感触。触れた瞬間に、反射的に目を閉じた。
 重なった唇は何かを逡巡しているかの様に動かない。私も全身を硬直させたまま、動けなかった。結局それ以上の力が加わる事はなく、ゼロになった距離がそっと離れていった。ほんの数秒触れるだけの軽いキス。
 二人とも、何にも言わなかった。無言で身体の向きを元に戻して座りなおす。迫られたら笑ってしまうかも、なんて思っていたけれど笑える訳がなかった。
 お互い沈黙を守ったまま動けずにいると、車内の静寂を打ち破ったのはまっちゃんの電話のバイブ音だった。
 携帯を取り出したまっちゃんが表示名を見てそのまま電話に出る。

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