ドメスティック・ラブ

「すみません、糸井さん。今日は甘えます!今度お昼に何か奢るんで」

「いいって。旦那さんお大事にねー」

「お疲れ様です、お先に失礼します!」

 今日ばかりは遠慮なくその好意に甘える事にして、私は席を立って制服を着替えるためにロッカールームへ向かう。

「何、松岡さんの旦那さんどうかしたの」

「体調崩して高熱で寝込んでるらしいですよ。だから今日は早く帰りたいって言ってました」

「へえ……看病してあげるのか。さすが新婚さんだねー、ラブラブじゃん」

「てか片山さん、いつも伝票出すの遅過ぎ。今日中にやって欲しいならもっと早く言って下さい。どうせ忘れてたんでしょう」

 ロッカールームと言っても女子三人の着替え用に事務所の片隅をロッカーそのものとパーテーションで仕切った小さなスペースなので、背後で糸井さんと片山さんの会話が聞こえた。しっかり釘を刺す所はさすが糸井さんだ。

 お風呂で寝落ちしていたせいかはたまた全裸で朝まで転がっていたせいか、まっちゃんは見事に風邪をひいた。職場に忘れ物を届けた時、顔が赤かったのも手が熱かったのも体調から来るものだったんだろう。
 あの日のまっちゃんは割と早くに帰って来たけれどご飯もそこそこに寝てしまい、次の日は出勤こそしたものの帰宅した時にはもう熱でヘロヘロだった。帰宅途中に診療時間終了間際の病院に駆け込んだら、幸いインフルエンザ等ではなかったけれど、扁桃炎と診断されたらしい。三十九度の熱があるので、さすがに今日は仕事も休んでいる。本人は休みたくはなさそうだったけれど、生徒達にうつしても困るのでこればっかりは仕方ない。まだシーズンじゃないとは言え、受験生だし。

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