ドメスティック・ラブ

 一際大きな声が響く。誰だっけこれ。同期じゃなくて先輩の声だ。
 潰れてて良かった。皆の前でキスとか、絶対無理。そういうのが煩わしかったから挙式は身内のみにしたし、披露宴だってしなかった。
 それに。

 ウトウトと重い頭で考えていたら段々と皆の声が遠ざかっていく。意識が吸い込まれる様に、私は眠りに落ちていった。


*   *   *


 翌朝、明るい日差しを感じて目が覚めると。格好こそ昨日のままだけれど、私はちゃんと新居の寝室の私のベッドに布団をかけて寝かされていた。お店の中で記憶が途切れているから、どうやって帰って来たのかさっぱり思い出せない。でもまっちゃんが連れ帰ってくれたのは間違いないだろう。
 枕元に置いてあった時計で時間を見ると、午前八時前。二つ並んだ同じシングルベッドの隣は既に空。ダイニングテーブルの上に、「よく寝てたから起こさないけど仕事行ってくる。歓送迎会があるので帰りは遅くなる」と書いたメモがあった。
 今日は月曜日。有給を取った私とは違って、忙しいまっちゃんは疲れていても仕事を休めない。新婚旅行だって、夏休みまで先延ばしだ。

 とりあえずシャワーを浴びて着替えてから寝室に戻り、自分のベッドに座ってもう一つのベッドを眺める。無意識の内に、大きなため息が出た。
 お酒の抜けた頭に、昨日の先輩の声が響く。

 誓いのキス。
 挙式では身内しかいないし、そもそも親兄弟の前でキスシーンなんて見せたいものでもないので、事前の打ち合わせで決めた通り額にキスしてもらった。

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