君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)



飛行機が到着し、電車に乗り換えて、会社近くの駅へと〝お返し〟を取りに向かう。その間にも、雪は絶え間なく降り続き、目に映る景色を白く閉ざしていく。


いつもの路線に乗って、いつも結乃の使う駅に降り立った時には、もう10時を随分過ぎた頃。
敏生の目の前に広がるのは、街灯に照らされる街の一面真っ白な光景――。


タクシーに乗りたいところだったが、タクシーどころか普通の車も、人通りさえもまばらだった。そこで、敏生は結乃にメールを打つ。


『今、駅に着いたから、これから歩いて君の家へ向かうよ。着いたらまたメールする』


ここから結乃の家まで、1kmちょっとの道のりらしい。敏生は覚悟を決めて、雪景色の中に一歩踏み出した。


しんしんと更けていく夜、しんしんと降り積もる雪。
その中を、敏生は一歩一歩踏みしめて歩いていく。耳に聞こえてくるのは、踏み固められる雪の軋む音と自分の息遣いだけ…。

敏生の思考の中の仕事のことも、冷たくなって痺れるようなこの手足の感覚も、いつしか消えていく。
ただ敏生の中にあるのは、結乃のことだけ。結乃への想いだけが結晶になっていって、敏生の心も澄み渡っていった。


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