あなたの声が響くとき



文化部後半の吹奏楽部の紹介に差し掛かった時、私は眠気と争い、あくびを噛み殺していた。
春先の暖かな陽気が降り注ぐ中、私の周りはほぼ眠りの世界へと落ちていた。

これは本来1年生の為のイベントであって、2年3年は関係ないんじゃないかと、多少の文句を喉元に溜め、眠気に耐えていた。

その完全に気を抜いていた時、トランペットソロが耳に入った。

その"音"に、気づけば目を見開いて、鳥肌が立っていた。

それは、ずっと私が欲しかった音だった。


―――…柔らかい。それでいて、音程にブレがない。


理想の音、そのものだった。


中学時代、吹奏楽部に入っていた私。
担当楽器はトランペット。

ずっと追い求めていた音の持ち主に、こんなところで出会うなんて思ってもいなかった。


どんな人なのか気になって、目を凝らすと、一人だけベルをこちらに向けて構える男子が遠くに見えた。

あの人が、この音の持ち主。

私が、欲しくて欲しくて堪らなくて、必死に手を伸ばしても掴めなかったモノを、持っている人。

去年はこんな人は居なかった。
ということは、私と同じ2年生か、もしくは、途中入部の3年生としか考えられない。

つい、羨望の眼差しで見つめてしまう。

羨ましくて、でもどこか妬ましくて。



まっすぐに響くトランペットの音色に、私はいつの間にか眠気も忘れて聞き入った。

ソロは4小節ほどですぐに終わってしまったけれど、それからもずっと、その音を追った。

切なく響く時もあれば、情熱的に振れる音。

フォルテなのに攻撃的ではなく、周りを引っ張っていく力を持っていた。


忘れかけていた感覚が、自分の中で少しずつ目覚めるのを感じる。

ピッチ(音程)、抑揚、タンギングの強さ、アンブシュア。
ステージの台の上から見える、指揮者の表情、観客席。
暑いのが、照明のせいなのか、自分の緊張のせいなのか、あやふやになっていく感覚。


胸がどうしようもなく騒いで、もっともっと聞きたいと叫ぶ。

でも、そこで吹奏楽部の演奏は終わってしまった。



それからと言うもの、私はその男の子について知りたくて、まずは同じクラスの友達に聞いて、2組だということを突き止めた。

もしかして、好きなの~?なんてからかわれたりしたけど、気にならなかった。


目先の恥ずかしさより、好奇心が先行したから。



< 3 / 16 >

この作品をシェア

pagetop