スプーン♪
ふわふわスフレ焼き。
「なんだぁ……男子じゃないのかぁ」
何故か大ウケ。彼女は、大親友の広畑アユミである。
アユミはサトちゃんと同じ5組で、苦しくも自分とクラスが離れてしまった。
アユミはバレー部に所属していて、バイト中も部活中も、いつも後ろ1つに髪の毛を結わえている。「今日は髪の毛下ろしてるじゃん。最初誰だか分かんなかった」と言い訳して、「ごめん、見てない」とメールの件は、ひたすら詫びた。
アユミのジャージ姿を見て、「今からバイト?」アユミは首を横に振る。
「単に、こないだメグから借りたDVD返しにきただけ、なんだけど」
「そんなの学校で渡してくれてもよかったのに」
そして、あれは兄貴のだから、いつでもよかった。
「てゆうか、ついでに遊びに来たんだよ」
「んじゃ、今夜もウチでごはん食べてく?」と大体こうなる。
アユミは手に持っていた袋を掲げて、「ほい。お土産」
見るとそれは、真っ赤なリンゴ。「おぉ」
袋の中を深く覗き込むと、夏の終りと秋の訪れを同時に味わうような、甘く健気な香りが鼻先をくすぐる。皮もイケそう。アップル・ティーだ。正真正銘の。
「メグは、アップルパイって作れる?」
「パイシートで包む、簡単なヤツならね」
アップルパイは、リンゴが命。パイ生地は二の次。「簡単だけど、深いの」
アユミは「ふーん」と至極頷いた。
アユミとは中学からずっと一緒。どんなに長い時間でも自然体で過ごす事が出来る、そんな1番気の合う友達だ。アユミはバレー部の練習が入る事もあるからと、お昼は部活の友達と一緒にお弁当を食べている。クラスも離れてしまったけれど、お互いの家が近い事もあって、今日のようにフラッと立ち寄っては遊びに来るし、成り行き上、そのまま泊まる事もあるのだ。
「今日ってメグのお兄さんとか居るの?」
「居るんだか居ないんだか」
毎日遊んでばっかり。夜が遅いのか朝が早いのか、よく分かんない。ほんと呆れる。厳しい浪人時代を乗り越えて大学に入り、親が居ないのをコレ幸いと夜遊びが増えた。遊びがメイン。メシなんて、腹一杯になりゃ何でもいいと思っている。実際、そうハッキリ言われた。お客として……クズだな。
「遅いときはエサは無いと思ってよね」と脅迫している。何と言っても材料がもったいない。今の所、「彼女が居る(?)とお母さんにチクるよ」と言うよりも効果があるようで。まだまだ色気よりは、食い気のようで。
まー、兄貴が食べないなら、そのぶん余った食費は全部自分のお小遣いとなるから、有効に利用させてもらっておりますが。何か?
玄関を入るとすぐに、最近結婚したばかりのお姉ちゃんの旦那さんから電話が入った。まだ緊張してしまう〝お義兄さん〟である。
『今日みんなで食事しない?』と誘われた。アユミをどうしょう、と案じていると、『メグミちゃんは何が食べたいの?』と聞かれた所ですぐ、お姉ちゃんと強引に電話が替わった。
『あんたんとこさ、今日何かある?』
それでピンときた。姉妹のカン。「何か作って欲しいんでしょ?」『うい』と、分かりやすい。
『それがさ、何を食べてもメグミちゃんのごはんを思い出すなぁーって、ノリくんがあんたのご飯を気に入っちゃってさ』
そう言って持ち上げて作らせる作戦かもしれないが、悪い気しない。ここは騙されてやりますけど。何か。
そういう訳で、家に2人を招待した。お義兄さんは、アユミとは初めてのご対面である。〝ノリくん〟と呼ばれるお義兄さんは背が高くて、なのにお姉ちゃんはドちび。だからどう見ても同じ年には見えない。
「お土産にビール買って来たよ」
「って、それ自分らが飲む分でしょ」
「僕はケーキがいいって言ったんだけど」と、お義兄さんは頭を掻いた。
なるほど。早速、尻に敷かれているんですね。今夜はそのまま泊り込んでもいいと、お義兄さんにはお酒と共に、酒の進む惣菜をガンガン勧めた。
まずは、きゅうりの浅漬けで、優しく胃袋を揺り起こす。お次は、さっと焼いた油揚げ。刻んだネギをまぶしてフライパンで焼いただけ。熱いうちに食べてもらいたいから、素早く切って出す。出す。出す。
「お醤油を、ちゃーっと掛けてね」
チーズの大葉巻きは、みんな大好きだ。チーズを大葉とギョウザの皮で巻いて、揚げるだけ。大葉の清々しい香味がたまらん1品。そして、メインはご飯のおかずにもなる、卵とタマネギとシーチキンの、ふわふわスフレ焼き。3つをゴチャ混ぜにして、ひたすら焼くだけ。コツは、ちゃんとタマネギにも火が通るように、ちょっといいフライパンで、トロトロと種火で焼く事。
別名〝仲良しランチ3人組レシピ〟。
タマネギはサトちゃん。シーチキンはマユ。そして卵は……私。
仲良し3人組が織りなす絶妙レシピなのである。味付けは塩コショウが少々。たった、それだけ。それだけなのに、すんごく美味しい!
アユミは何も言わなくても手伝ってくれる。当然お姉ちゃんには強制的に手伝わせる。いつもは兄貴と2人きりのダイニングは、急に人口密度が増えた。イスを増やして、お皿も取り出す。
「家のごはんがこんなに美味いと外で食べようという気が起きなくなるよね」
お義兄さんは何度も何度も、テレ臭いばかりに褒めちぎってくれるのだ。
「まさに、匠だ」
お客として〝神〟。

今年の3月。お父さんの異動にお母さんだけが付いて行く形で、2人は九州に行ってしまった。
同年、4月。結婚したお姉ちゃんが旦那さんと新居に引越し、二十歳の大学生の兄貴と2人だけになる。
現在、築25年の我が家には、兄妹の2人暮らし。お姉ちゃんは、様子を見たり掃除したりご飯をタカったり……と心配して時々、様子を見に来てくれる。
お母さんも夏のお盆には1度帰ってきた。兄妹2人、ちゃんとやってる所を見て安心して、九州に戻って行く。「ちゃんとやってるのは、私だけだよ~兄貴はそうでもないよ~」と兄貴の愚行で盛り上がったそこに、兄貴本人が、いいタイミングで帰ってきた。
兄貴はお姉ちゃんに小突かれ、その勢いでアユミの隣に座る。
「何?何かのお祝い?ガキでも出来たの?」
「アターック!」とばかりにアユミの強烈スパイクが兄貴の頭にキマった。
「痛ッ!」
「何でコイツを呼ぶの?オレが食われちゃうだろ」
兄貴の大袈裟な嘆きにお義兄さんも一緒になって笑った。お義兄さんも、やっと男の話し相手ができて嬉しそう。食後のフルーツはアユミのお土産リンゴに決まりだ。
リンゴに包丁を入れると、そのひたむきな香りに、いつも涙が出そうになる。そんなリンゴを塩水に浸けるなんて……そんな世間の常識が、私にはどうしても出来なかった。リンゴはこんなに脆くて弱弱しく見えても、一瞬で体の中を潤す力があるように思う。まるで、アユミ。
アユミのリンゴは蜜がタップリだった。その美味しさにシビレる。
「あ、メグミの学校に、岩崎ってヤツ来ただろ」
そこで兄貴から思いがけず、今日来た岩崎先生の話を聞く事になった。
兄貴は浪人時代〝栄進塾〟という予備校に通っていて、直接は習っていないけど、岩崎先生はその栄進塾の先生らしい。
「げ。マジで」
わずかに怖れを抱く。
私にとって、そこは聞くだけでも地獄のような塾なのだ。テスト、テスト、テスト。課題、課題、課題。夜通し、兄貴の部屋から「ちくしょう!」と聞こえて眠れなかった。いつもプリントに囲まれて唸る兄貴を見て、その塾だけは行きたくないとお母さんに訴えていた。岩崎先生は見た目ソフトで、そんなスパルタ塾で教えるようなキャラには見えない。家庭教師のお兄さんっていうイメージならピッタリだと思った。
「「この卵料理って、どうやって作ってるの?」」
アユミとお義兄さんに、同時に訊かれた。見事にハモっていたもんだから、みんなで大ウケ。その後、「「お姉ちゃんは訊かなくていいの?」」と、私と兄貴がこれまた同時に突っ込んだ。お義兄さんに突かれて、渋々レシピを受け取る、新婚1年目のヨメ姉である。

次の日の朝、アユミは1度家に帰ると言って、早朝に出て行った。お姉ちゃんたちは、まだ寝ている。兄貴は放っといた。通学路、今日も地獄の北山坂、今日もやっぱり後ろから健太郎にド突かれ、部員にイジられ、その後ろでニヤニヤ笑うサトちゃんと偶然一緒になり、やっぱり健太郎のことでイジられ、話題を昨日聞いたばかりの岩崎先生の話に飛ばした。
「塾の先生が、何で急に学校で働くんだろうね」
「ちょっと挫折してるんじゃない?塾の先生は査定とか、厳しいらしいから」
サトちゃんのそれを聞いて、そういうこともあるのかなーと思った。スパルタ塾の先生というのは、その字面だけでも大変そうだ。キツい仕事場と距離を取りたいと思うのも無理ないよね。
今日の4時間目、岩崎先生の初めての3組の授業である。
作り置きだけど、ビスケットを持ってきた。
仲良くなるキッカケに、岩崎先生にあげよう!
< 4 / 28 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop