溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「なんだ、沙奈。ヤキモチか? 本当に沙奈はかんかだなぁ。東吾くんも沙奈も、かんかだ。じいちゃん、鼻が高いべよ」
立ち上がって、私と主任の頭をなでたじいちゃんが、私たちに背を向ける。
「……お月さん、もうろくしたじじいの最期の願い、聞いてくれな」
その声が震えている気がして、引っ込んでいた涙が再び目尻に浮かぶ。
私をおんぶしてくれた、大きかった背中。それが今は、あんなに小さい。
「叶うから、大丈夫だよ」
こんな嘘つきな私の幸せを願ってくれるじいちゃんの背中に、そう声をかける。
少しでもじいちゃんに安心してほしい……なんて、そんなのは言い訳だ。それを願っているのは、きっと私自身。
この人と生きていくことを素直に受け入れられたら、どんなにいいだろう。
だけど、私はまだ、自分を許せない。なにもなかったことにして、幸せになるずるい自分が許せない。
彼が、そっと私の肩を抱く。私を包む彼のぬくもりが、心地よい。窓の外の月が涙でぼやける。
どうか、隣にいるこの人が幸せな人生を送れますように……。
海面に輝く月の道を見つめながら、私はそう願った。