溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
執事と、逃げ出したお嬢様。
「──え?」
ありすが言葉を失っている間に、
男性はありすを抱きかかえたまま、
どんどんと屋敷の方に連れ帰っていく。

「ちょっちょっと待ってください。
私に、少しだけ時間を貰えませんか?」
とっさにありすが言うと、
男性は少しだけ面白そうな顔をした。

「少し時間というとどのくらいですか?
早くお嬢様を連れ帰るようにと
旦那様には言われているのですが……」

やっぱりこの人は
父親の指示で動いている人なのだ、と
ありすは不味い人に
掴まってしまったことに改めて気づいた。

「あの十分でいいんです。
私の話を聞いてくださいませんか?」
ありすの言葉に、男性は
少しだけ興味を持ったような表情を浮かべる。

「いいでしょう。それでは少しだけ
お付き合いさせていただきます」

唇の端でだけ少し笑みの形を浮かべて、
それでも男性は
慇懃無礼にありすを逃すことなく、
近くの四阿にありすを連れていく。

まだ早春のこの時期では、
庭には花はあまり咲いていない。
季節になればここは
庭師の西澤が丹精した薔薇の花で
馥郁とした香りを漂わせる。
その時期にはありすはこの四阿で
お茶を飲むのを楽しみにしている。

ふわりと、ありすを四阿のベンチに
腰かけさせると、
男はありすの前に立って
首をかしげるような仕草をした。

ベンチはひんやりとして冷たくて、
部屋着だったありすは
寒さにふるりと体を震わせる。

「…………」
次の瞬間、
男性は自分の着ていたスーツを脱いで、
ありすの肩にそのスーツを掛ける。

その仕草が凄く洗練されていて、
押しつけがましくなく、紳士的に思えて、
ありすはどきんとする胸の高鳴りを覚え、
改めて目の前の知らない男性の事に
興味を持った。
だが……。

「時間は十分しかないですよ。
お話とやらはなんでしょうか?」

男性に冷静に尋ねられて、
はっとその事実を思い出して、
何から説明しようかと、今日の事を思い出すと、
思わず瞳を潤ませてしまう。

「──っ」
わずかに男性が動揺したことに、
男性に慣れていないありすは
まったく気づいてはいない。

ただ、自分自身の混乱する頭の中を
必死に整理して、
今日の午後からの事を思い出していた。


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