溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「……ああ、すみません。
まずは美味しく料理を食べていただきたかったんです。
この手毬ずし、私の好物なのです。
一緒に……食べましょうか?」

 追い詰め過ぎずに、ふわりとありすを解放する。
そのタイミングも見事だった。
ありすはほっと吐息をついて、改めて箸を手にする。

「……では、頂きます」
 互いに笑みを浮かべ改めて箸を取る。

「そういえば、先ほどのピアニストの方ですが、
実は私、パーティで
一度お会いしたことがありまして……」

 そう言うと藤咲は笑顔で全く違う話題を
ありすに投げかけてくる。
ありすはホッとしながら
人を逸らさない藤咲の話術にくすくすと笑う。

(なんだか政治家さんって凄いなあ……)
 如才のなさにびっくりもしながらも、
心地よい時間を過ごさせてもらって
ありすはなんだかホッとしている。

気づけば楽しい会話の間に、食事は続き、
既にデザートが届いていた。

ありすは改めて、あの話を
藤咲に聞いてみようとそう思っていた。

「あの、藤咲さん」
 ありすは水菓子のスプーンを置くと、
じっと向かいに座る人の顔を見つめた。

「一つお伺いしたいことがあるですが……」
 その言葉にすっと藤咲は姿勢を正した。

「あの……そんな改まった事じゃないんですが。
この間初めてお会いした時に
藤咲さんが弾いてらしたピアノの曲、
あれはなんで弾いていらしたんですか?」
 その言葉に、ふっと藤咲は破顔した。

「……何かと思ったらそんな話ですか」
 くくっと笑って、くつろいだように
肘をついてその上に顎をのせる。
きちんとした人がそんな姿を見せることに、
なんだかきゅんとしてしまう。

「私、あの時……何を弾いていましたっけ……。
ああ。なんだかあの会場にいたら懐かしくて、
ついあの曲を弾いてしまっていたんです。

曲名は……なんでしたっけ。
何か古い映画の曲……だった気がします」

「あの……懐かしいって何が懐かしかったんですか?」
 ありすの言葉に、藤咲は微笑みを浮かべる。

「何故だかあの庭を見ていたら、
あの曲を弾きたくて仕方なくなって……。
素人の手慰みの様な曲をありすさんに
聞かせてしまってみっともなかったですね」

 照れたように笑みを浮かべる藤咲を見ていると、
どこかしゅんくんの恥ずかし気な笑みを思い浮かべる。

(もしかして、この人がしゅんくんなのだろうか……)
 ありすはあの曲をあの場所で
弾いていた藤咲のことを、
どこか夢見がちな瞳で見つめている。

「今度また……あんな拙いピアノでよろしければ、
また一緒に聞いてください」
 大人の色香を底に秘めた、
それでいて誠実な申し入れに、
ありすは自然と頷いてしまっていたのだった。
 
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