溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
執事の花嫁教育レッスン【本日休講】
(藤咲さんって……素敵な人だったなあ……)

ありすはウットリとしながら、ピアノの前に座っている。
あの後、藤咲が弾いていた曲のタイトルを
思い出してもらうと、ありすはすぐに楽譜を手に入れた。
それを久しぶりに開けたピアノの前に座って譜読みをしている。

「そんなに難しい曲じゃないのかな……」
そう呟きながら、ありすはピアノに指をのせる。
何とか初見で弾けそうか……と、
ありすが、たどたどしく弾き始めると、

多分無意識なのだろうか、
お茶の準備をしていたはずの橘が
何かを口ずさんでいる。

「……Moon river, wider than a mile
I'm crossing you in style some day 」

(──え?)
それは……しゅんくんが歌っていたあの歌で。
おもわずパッと橘の方をありすは振り向いてしまった。
その途端、はっと橘が口を噤む。

「あの、橘さん。それは……」
尋ねるありすの方を向いて、
橘は困ったような表情を一瞬浮かべた。

「……すみません。仕事中に無作法な事を」
綺麗に会釈をする橘の方に、ありすは近づいていく。

「橘さん、もう一度その歌を歌ってください」
ありすの頼みに、橘はもう一度苦笑を浮かべる。

「……今の歌を……ですか?」
ありすはコクコクと頷くと、もう一度ピアノに向かい合う。

先ほどの曲の旋律を弾いていくと、
諦めたように肩を竦めると、
先ほどよりはっきりと、それでいて
子守歌でも歌うように柔らかく穏やかな声で、
おなじメロディを口にする。

それは……やっぱりあの時、
しゅんくんが歌っていたあの曲で。

ピアノ曲を聞くより、
人の歌声で聞く方が間違いなく
そう確信できる、とありすは思っている。

「……その曲って有名な曲なんですか?」
しゅんくんに繋がる糸だと思っていた曲は、
藤咲がピアノで弾いて、橘が口ずさむ程、
有名な曲だったりするのか……。

それこそ誰でも知っているような……。

「そうですね。昔の映画ですが。
有名女優が出ていた有名な映画の作中曲ですから
……知っている人は多いと思います」

くすっと笑うと橘は赤色の液体を、
温められたカップに注いでいく。
綺麗な色合いはありすが好きな
キャンディの紅茶だ。
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