恋してアイビー




「ねぇママ、いまなんじ?」


ソフトクリームを完食したリンは唐突にそう尋ねてきた。


ポケットティッシュで口周りの汚れを拭き取ってあげながら、答える。


「今?いまは…六時ちょっと前かな」


もう、ママと呼ばれることに関してはノーツッコミである。


すると、それを聞いたリンは目をキラッとさせ、ベンチからすたっと降りた。


リュックのベルトを小さな手で持ち直し、私の方を向いて元気いっぱいに言う。



「ママ、行こっ!!」



一体どこに?


そう問う暇もなく、リンは歩き始めてしまう。


私は慌てて彼女の背中を追うのだった。






たどり着いた先は遊園地の正面入口に面した噴水広場。


やけに人が集まりざわざわとする中


午後六時の鐘が鳴る。


その瞬間、空を輝く水の粒が舞った。


ちょうど噴水ショーが始まったのだ。


カラフルな色のライトと宙を跳ねる水が幻想的な光景を描く。


「わあ…凄い」


始めてきた(強制的に連れてこられた)身としては、まさかこんな光景を遊園地で見られるなどと思っておらず、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


噴水の奥に構える西洋風の大きなお城がより一層映え、茜色の中に夜の闇と星空が覗き始めた空と重なり、一瞬ここが日本じゃないのではないかとさえ思えてくる、そんな一場面だった。


「ママそこでみよう!」


「あ、う、うん」


リンに手を取られ、噴水近くの石段に腰を落ち着かせる。


ああ、どうしよう


この子のパパさんを探さなきゃいけないのに


迷子の迷子の我が妹も見つけ出さなきゃいけないのに。


それが頭の中から一瞬消えてしまいそうなほど、本当に、本当に綺麗だった。


色々あったけど、今日、ここに来て良かったかもしれない。


そんなふうに一人感動する鈴乃。


対してリンはと言うと。


石段に座ったまま、噴水など見向きもせず、キョロキョロと入口付近を見回していた。


そして


「あっ!!!」


突然、ぱっと離された鈴乃とリンの手。


我に返って振り向くそこに、リンはいなかった。


闇が深まり、人の表情を確認するには光が少ない状況の中


見えたのは誰かに向かってかけていく、リュックを背負った彼女の後ろ姿。


そしてそれを上から大きく包み込む、男の人の姿と、


「パパッ!!」


「ただいま、すず」


二人の声。


それは、どこか聞き覚えがある、柔らかな暖かな声で。


私は目を逸らせなかった。


夕日と闇に浮かぶふたりの姿が。


リンと同じように笑顔を見せる父親の姿が。


この時に気づくべきだった。


そしたらまだ、ややこしい事にならなくて済んだのに。



目を話せなくなっている私の元に、リンを抱えた彼がやってくる。


「どうもご迷惑をおかけしました」


そう言って頭を下げる大きな彼を、座ったまま私は見上げる。


まだ表情は見えない。


しかし、次の瞬間


頭をあげた彼と呆然と見上げる私のもとに、噴水ショーのライトの光が交錯した。




そこに現れたのは忘れたくても忘れられない、私の記憶の中で唯一の男の顔。


見間違い?


ううん


そんなはずない


彼を見間違うはずがない。


何年ぶりだろう。


最後にあったのは、大学二年、成人式の後の同窓会でだった。


目を細めて、少しだけ笑窪をのぞかせ、まるで絵に描いたように美しく笑う彼。


記憶の中のそれより僅かに大人びてはいるが、当時の面影を色濃く残した姿が、表情が、そこにはあって。


私は様々な色の中に浮かび上がる彼を、目を見開き、呼吸も忘れ見つめる。


「かず…ひさ……」


私の口から零れたその声は、ざわざわとひしめく人々の声と、ショーのバックで流れる英語交じりの今流行りの曲にのまれて消えていった。



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