日常に、ほんの少しの恋を添えて
「ごめんな、俺についてくれてまだ短いのに、こんなことになって」

 専務が申し訳なさそうに私に頭を下げた。私はいいえ、と首を横に振る。

「謝らないでください。それにあとまだ一カ月ありますから。最後までよろしくお願い致します」
「長谷川……あのさ……」
「はい」

 私は黙って専務の言葉を待った。だけど専務は少しだけ何か考え込んでから、

「やっぱり、いい。ごめんな」

 と言って少し寂しそうに笑った。

 いったい彼は何を言おうとしたのだろう。気にはなったけど聞けなかった。

 役員人事が発表になると、専務の退社に数多くの女性社員が悲鳴を上げたとか、上げないとか。そんな噂を聞いた。
 兎にも角にも、専務と一緒に仕事ができるのはあと僅か。一日一日を大事に過ごそう、と決めたものの、そうやって意識してしまうと、意外なほど日常というものは過ぎ去るのが早い。
 私は通常通りでも退社間近であるが故、専務の方が多忙を極め遭遇する時間も以前よりぐっと減ってしまった。
 専務の家で二人きりになって以来、私と専務は二人で仕事以外の会話をすることもなく、退社までの日々は瞬く間に経過していった。

 私は業務の合間に、デスクの上の卓上カレンダーをぼんやりと見つめる。
< 159 / 204 >

この作品をシェア

pagetop