日常に、ほんの少しの恋を添えて
 なっ……!!

 驚きで助手席のドアの方に体が逃げる私をじっと見つめてから、専務は体を元の位置に戻した。
 び、びっくりした。何今の。ただ匂いを嗅いだだけ? それにしてはやけに近かった……

 何食わぬ顔をして、信号が変わったのを確認してから専務が車を発進させる。

「っ……あの、専務は昔から甘いものが嫌いなんですか?」

 この変な雰囲気を打破しようと、私は無理やり違う話を専務に振った。

「あー……まあ。甘いもんて食べなくても別に生きて行けるじゃん。だから必要としていないっていうか……」

 それを聞いた瞬間、さっきまで専務の行動にドキドキしていた私の心はどこへやら。今度は専務の言葉にイラッとする。

「そんなことはないです、糖分は必要だと思います」

 さっきまでと違いきっぱり言い切った私の態度に、専務は少し驚いているようだった。

「……それはブドウ糖だろ。ショ糖とは違う。それにショ糖はカロリーが高い。糖尿病や中性脂肪が増える原因にもなりうるし取り過ぎはよくない」

 なんだか冷静に論破されそうになっているが、そういうことではない。

「そういうんじゃないんですよ。もちろん体のことも大事ですが、疲れた時とかに食べる甘いものって特別体や心に沁みたりしませんか? 私は、そういうのを喜びや幸せに感じるんです」
「わからなくもないが、糖分だけならほかの食事からも摂取できるし、お菓子から摂取しなければいけないこともない。となると、やはり食べなくても生きていけるという結論にたどり着くのだが、違うか?」

 なんてこと。
 まさかここまで、専務が甘いもの嫌いだなんて。
 私は専務の顔を見たまま固まってしまった。お菓子嫌いとは聞いていたけど、これほどまでにとは。

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