日常に、ほんの少しの恋を添えて
「ふー……」

 よし、と思い立って、ソファーから立ち上がり、肩の辺りまで伸びた髪をそこらへんにあったシュシュで結んだ。
 さて、私の趣味とは。
 ボウルにゴムベラを取り出し、冷蔵庫から必要な材料を出すとキッチンにある小さなダイニングテーブルに並べた。そして作業に取り掛かる。
 約一時間後。
 ピー、ピー、ピー

「でーきたっ!」

 オーブンの扉を開くと、もっふわああああと立ち込める香ばしいバターの香りが私の周囲を包む。
 家にある材料で作ったのは、シンプルなパウンドケーキ。
 バターに砂糖、薄力粉、卵、ベーキングパウダーがあればできる簡単な焼き菓子だ。
 私は何かお菓子が作りたい衝動に駆られたときは大概これを作る。余裕があれば、ここにドライフルーツなんか入れたりするとさらにおいしい。

 そう。私の趣味はお菓子作りなのだ。 
 実は私の実家は洋菓子店を営んでいる。祖父母の代から数十年、家族経営でやってきた町の小さなケーキ屋である。
 小さなころから手作りのお菓子に囲まれた生活をしてきた私は、いつの頃からか自分も親の真似をしてお菓子を作ることが当たり前のようになっていった。

 元カレと付き合っていた時も、たまにお菓子を作っては会うたびに渡してた。だけど別れ際にあんなことを言われてちょっとショックで、しばらくお菓子作りを止めていた。

 それに加えここ最近は仕事のこととかで余裕がなくてなかなか作る暇がなかったんだけど、今日帰りに寄ったスーパーで思いがけず値引き品のバターに遭遇したので、ついお菓子作りをしたいという欲求がムクムクと膨らんできてしまった。
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