恋愛預金満期日 
 彼女はまだ、隣の家の門の前でおばさんと話をしていた。

 僕はとなりのおばさんのお喋り好きに感謝した。


「あの、良かったら、上がって下さい」
 僕は息を切らしながら彼女に言った。


「いいえ、急に伺ったのでごめんなさい。怒っていますよね?」

 彼女は申し訳なさそうに僕を見た。

「違うのよ! 驚いただけ…… 上がって行きなさいよ。海原さんの奥さんも喜ぶわ!」

 隣のおばさんが、気を回してくれたようだ。


「お願いします。上がってください」

 僕は何故か、お願いしてしまった。


「さあ、さあ」

 隣のおばさんに促され、彼女は玄関へと入ってくれた。


 僕は彼女を居間に通すと、おやじに目で着替えて来いと合図された。
 僕は自分の姿に気付き真っ青になった。

 慌てて自分の部屋に入り、一体何を着ればいいのか迷った。
 そうだ、この間、姉ちゃんが誕生日にくれたトレーナーだ! 

 僕はジーンズと紺のトレーナーに着替え、居間へと降りて行った。

 驚いた事に、おやじもよそ行きのポロシャツに着替え、母も口紅なんか着けている。


「お茶でいいかしら? こんな物しか無くて……」

 母が出したのは、ポテトチップスと梅干だった。かなり動揺しているのだ。

「英会話ですか? あいつはアメリカに留学しておったもので、英語だけは得意なんですよ」

 お調子者のおやじが喋り出した。

「凄いです。お蔭で助かります」

「私も英語ペラペラです。ディス・イズ・ア・ウメボーシ」
 おやじも必至だ。

 しかし、これはヤバいと僕が止めようと思った時だった。

 彼女が突然笑い出した。

 おやじも笑いだした。母もつられて笑いだした。

 こんなに我が家に笑い声がするのは、何年ぶりだろうか? 

 彼女は本当に素敵な女性だと思った。
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