恋愛預金満期日 
 彼女を見た瞬間、僕が放心状態になったのは言うまでもない。

「雨宮さん、実家からイチゴが届いたって、家に持って来てくれたのよ。前に銀行にお勤めの海原さんの家が隣だって話したものだから、お宅の分もって……。 息子さんの車があったから、家に居ると思って来てみたのよ……」

隣りのおばさんのおしゃべりは止まらない。


「あの…… 雨宮です。いつも海原さんに英会話でお世話になっていて、これよかったらどうぞ……」

 彼女は丁寧に頭をさげ、イチゴの箱を母に渡した。


「あらまあ。すみません…… どうしましょう? どうぞ上がって下さい」

 母も完全に舞い上がっている。


「いいえ、近くまで来ただけなので」

 彼女は僕を見たが、僕は硬直したままだった。


 彼女は、挨拶を済ませ玄関を出て行ってしまった。


「何やってんのよ! あんたは! あれじゃ雨宮さん気を悪くしたじゃない!」

 母の鋭い声が僕を我に返した。


「えっ。今、何が起きた?」
 僕は状況が把握出来ずに聞いてしまった。

 いつのまにか、玄関の見える位置まで出てきていたおやじが、僕の側まで来て肩を叩いた。


「雨宮さんという、綺麗なお嬢さんがイチゴを持って来たんだ……」
 おやじが落ち着いた口調で僕に説明した。


「え―!」

 僕は悲鳴を上げた。


「早く、呼び戻しってらっしゃい! 上がってもらうのよ! お父さん居間片付けて!」
 母が捲し立てた。

「おお! 早く行け! 俺が片付けるから。 母さん、お茶の用意だ!」

 おやじもアタフタ動き出した。


 僕は慌てて玄関を飛び出した。
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