おはようからおやすみまで蕩けさせて
旧姓を呼ばれて顔を見れば、いつも商談に来る相手だ。


「こんにちは。山瀬さん」


インテリ風なメガネを掛けてる人に会釈する。


「お待たせ致しました。どうぞお掛け下さい」


向かい側のソファの横に立った彼が掌を見せて促す。


「失礼致します」


頭を下げてスカートの後ろを手で押さえ、シワを寄らさないように気をつけて座った。



「珍しいですね」


そう言って山瀬さんもソファに腰掛ける。


「商談の時にはいつもパンツスーツなのに」


ニヤッと笑いつつ足を見てるようだ。その視線がイヤらしくて、どうして今日に限ってこんな格好で来てしまったんだろう…と思った。


「あ…あの、実はお願いがありまして…」


彼の言葉に応えず、用件を話しだす。
要らない会話をしてたらどんどん帰るのが遅くなってくる。


「お願い?何でしょうか?」


指先を組むようにして腕を膝に乗せる。
少し前のめりになる彼と、一定の距離を保つように背筋を伸ばした。


「実はあの…今日の午後届いたサンプル商品についてなんですが」


「ああ、あのおにぎりカップのこと?」


山瀬さんの口元が微笑む。


「そう、それです。実は申し上げ難いんですが発注にミスがありまして、1000個ではなく100個の注文をしたかったんです」


緊張した面持ちで見ると、彼は顔色も変えず、ふんふん、と頷いてる。


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