【完】君しか見えない
俺は腰を上げると、十羽の前髪をそっとよけた。
そして、白い額に静かにキスを落とす。
「……酸素マスク邪魔。
早く元気になって、それ外せよ」
つぶやいて、再び椅子に腰を下ろす。
こっちは額だけじゃ足りねぇんだよ。
「独り言状態だから、なんか返事してほしいんだけど。十羽さーん」
十羽の手を握り、ベッドに顔だけ倒した。
「また話ししてぇよ、ねぼすけ十羽」
ぽつりと小さな声でこぼした本音は、真っ白な病室に溶けて消えて行く。
……あー。おまえが寝てばっかりいるから、俺まで眠くなってきたんだけど。
ここ数日、まともに眠れていないことが祟ったらしい。
睡魔に抗う気力は、ほとんど残っていなかった。
「十羽……」
瞼が徐々に、重みを増して降りて来て。
──ぷつんと、意識が途切れた。
夢を見た。
不鮮明で不明瞭だけど、すごく幸せな夢だったことだけは覚えてる。