キス税を払う?それともキスする?
 南田は嫌がらせを受けていた。

 大学の頃に近づいてきた女性に無理矢理キスされた。
 その写真とともに誹謗中傷の文面を南田の連絡先を悪用され送られる。

 もう収まったのかと思っていた。
 もう気が済んだのだと。
 しかしそれは甘い考えだったと思い知った。

 次の日、会社に行くと部長に呼ばれた。
 南田の願いも虚しく広範囲に被害があったようだ。

 きっと奥村さんもどこからか内容を知ることになるだろう。

 絶望にも似た気持ちだった。

「南田くん。前にもこのようなことがあったのは報告を受けている。」

「はい。ご迷惑をおかけしてすみません。
 今度こそ…。」

 南田は覚悟を決めていた。

「今度こそ何かね?
 変なメールは来たが、今回は実害はない。
 あのメールにあるようなことが実際にあったわけではないんだろう?」

 部長の顔を見ると優しく微笑んでいた。

「私も飯野さんと同じ気持ちだ。
 若い芽は潰したくない。
 飯野さんの気持ちに応えて頑張ることが南田くんに今できることだ。」

 飯野さん…。
 前にも同じようなことがあった時に身を呈して南田が会社を辞めることを止めてくれた。
 今回は部長まで…。

 南田は頭を下げて会議室を後にした。
 
 南田は席に戻って仕事を始めた。
 しかしミスが続く。

 せっかく奥村と隣で仕事をしていても余計につらいだけだった。

 その南田に奥村が声をかけてきた。

「あなたは無能なのですか?」

「は?」

 思いも寄らない言葉に南田は苛立ちの声を出す。

 優しい言葉をかけて欲しいと思っていたわけではない。
 それにしたって…。

 奥村はやめない。

「無能ですよね。
 ご自分に身に覚えのない誹謗中傷に心惑わされるなんてガッカリです。」

 ハンッっと鼻で笑うと、ズレいない眼鏡を押し上げた。

「君に無能な印象を与えたとは心外だ。
 はなはだおかしい。」

「そうですか。じゃ今日は残業なんてしなくて帰れますよね?」

 全くこの子は…。

「言わずもがなだ。」

 奥村さんにはっぱをかけられるとは…。

 しかしそのおかげで一時的にはいつもの自分に戻れた。
 感謝すべきなのか複雑な心境だった。

 定時になると二人揃って職場を後にした。

 会社のビルの前で「じゃ」と南田は奥村に背を向ける。

 飯野さんの気持ちも部長の気持ちもありがたい。

 でも僕は…奥村さんを失ってしまった。
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