キス税を払う?それともキスする?
 引き止められることもなく華はアパートまで帰っていた。

 アパートのドアを開け、中に入る。

 パタンと閉めた玄関で崩れ落ちた。

 悔しくて悲しくて、涙が後から後から出てきた。

 頑張ってきた。自分なりに必死で頑張った。でもダメだった。ダメだったのだ。


 朝起きると泣き過ぎてガンガンする頭。そしてヒリヒリと痛い目と頬を冷やしながら、朝食を準備した。

 久しぶりの朝食。

 お米くらいしかなくてふりかけおにぎりだけど、パワーをつけてやっつけないといけない相手がいる。

 南田さんに言われっぱなしで、このまま終われない。そう決意して華はアパートを出た。


 会社に着くと部長とすれ違った。

 すれ違いざまに「今日は休むかと思ったよ」なんて声をかけられた。

 やっぱり派遣の加藤さんとは社員としての責任を取らされた交代だったんだと確信した。

 自分が上司でも派遣の子に南田のペアなんて任せられない。

 派遣の子に泣かれて辞められてしまうくらいなら、会社の方針に文句を言えない社員にすればいい。

 そう。こんなこと慣れてる。


 席に行くと既に南田は出社していた。

「おはようございます。」

「あぁ。早いんだな。」

 昨日は言い過ぎたゴメンの一言はないのかな。ないよね。

 仕事を始めると南田の容赦ない指示、というか指摘というか、とにかく厳しい言葉を浴びせられた。

「この製品は樹脂だ。抜き勾配も知らないのか。
 君は設計者としての自覚が足りなさ過ぎる。製品ばらつきを考えろ。
 ここの寸法がこれでいいわけがない。」

 確かに南田が有能だとは聞いていた。

 それでもたった1年先輩なだけだと思っていた。

 しかしなんの知識もなくたまたま設計部に配属された華と大学で専門知識を学んだ上で配属された南田。
 この隔たりはすさまじいものなのだと感じた。

 キャリアアップ試験を受けようと考えていた華は、南田と同じ土俵に上がろうとしていたことに恥ずかしい思いだった。

 同じ土俵どころか、同じ競技でさえ戦えていなかったのではないか。

「休息を取ろう。」

 南田がため息混じりに口にした。
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