キス税を払う?それともキスする?
 洗い物が終わった華は鞄から出した数枚の紙と雑誌くらいの大きさの何かを持っていた。

「どうしてそれを…。」

 言葉に詰まる南田に「リビングをお借りしていいですよね?」と声をかけた。

 華が取り出したのは『わかりやすい機械設計の基礎』の本だった。

「せっかくだから復習して、南田さんに分からないところは聞こうと思ったんですけど…。
 大丈夫です。適当に自分でやりますから、南田さんは休んでてください。」

「やはり君の行動は…。」

 何か言いたそうな南田に華は鞄からスマホを取り出して得意げに見せる。

「分からないところは自分で調べますから。もし南田さんがおやすみになっていたら適当に帰りますし。」

 鼻歌まじりにスマホを操作していた華の手が止まる。
 愕然とした顔のまま止まった華に南田も焦ったような声をかけた。

「なんだ。何かあったのか。」

「これ…電源落ちてます!充電するの忘れてました!」

 フッ。笑ったような息が漏れた音に南田の顔を確認しても何も変わらない。
 でもきっと南田が笑ったんだろう。心なしか華の気持ちも温かくなった。

「南田さんがこんなに穏やかなの久しぶりな気がします。」

「君こそこのようなリラックスなど…。仕方がないことだな…。」

 言い澱みながら南田は自分のスマホを差し出した。
「え?」と驚いていると「僕は充電忘れなどしない」と誇らしげな声をかけられた。

 いや…。そういうことじゃなくってさ。プライベートな色々を見ちゃうとか気にしないのかな…。

 南田に視線を移すとソファにもたれ掛かってリラックスしている。
 本人がいいならいっか…とインターネットをタップした。

 入力しようとカーソルを合わせると入力予測が自動で表示された。
 それを見て華はまた愕然とする。

 華の様子に気づいた南田も一緒にスマホをのぞきこむ。

 画面には
『年下の女の子とキス』
『緊張させないキスの方法』
と表示されていた。

 何件も同じような検索ワードが続いていて何度も調べたことがうかがえる。

 南田がバッとスマホを奪い取った。

 その表情には焦りの色が見えて
「いや…これはちがっ…」
 と動揺しているように感じる。

 するとズレてしまった眼鏡を押し上げて、息を吐いた。

 眼鏡を押し上げるところ、初めて見たかもなぁと思っていると、手をどかした顔はいつもの無表情だった。

 えぇ…!もしかして眼鏡に無表情機能とか無表情変換スイッチとか、そういうのがついてるわけ!?

 珍しく表情が崩れたところが見られると思った華は拍子抜けしてガッカリした。
 もちろん南田はいつも通りに戻ってしまっている。

 入力予測を消したのかスマホが華の手元に返された。

 何も気にする様子のない南田に華は一人モヤモヤする。
 もちろん2つの検索ワードにも驚いた。

 しかし同じような検索ワードが何件か並ぶ下の方に表示されていた言葉が引っかかっていたのだ。

『政策 ハニートラップ』
『認証 税金 騙す方法 誘い方』

 前に打ち消していた南田は政府が仕掛けた華へのハニートラップではないのか。
 という疑念がまた頭をもたげていた。
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