不埒なドクターの誘惑カルテ
「あの、坂下さんでしたよね? 私、山辺京子(やまべきょうこ)って言います。入社二年目です。よろしくお願いしますね。あの〜早速なんですけど、坂下さんって、彼氏いるんですかぁ?」

 四月一日、異動も新入社員の受け入れもあって総務課のフロアは騒然としている。なのに、目の前の入社二年目の女子は、のんびりと私のプライベートについて質問してきた。

 なんだかすごく、マイペースな人なのかな?

 そうは思ったが口には出さずに、作り笑いを浮かべた。

「それが、いないんです。なかなかね・・・・・・」

 当たり障りのない答えをした私に「ふ〜ん、な〜んだ」とだけつぶやいて、さっさと自分の作業に取り掛かった。

 自分で聞いておいて「ふ〜ん」って・・・・・・。

 あまりいい気分はしなかったけれど、そんなことにかまっている暇はない。私がふたたび書類に目をやると、背後から「すみません」と声をかけられた。



「あの・・・・・・、企画部の者なんですが、文具類が足りなくて総務でもらってこいって言われたんですけど」

「あー、えーっと」

 見るからに新入社員の彼女は、慣れない場所で緊張しているようだ。そこを無碍に「異動してきたばかりでわからない」なんて断ることはできない。

 しかし辺りを見回してみるとこのフロアで、今対応できそうなのは私と、目の前にいる山辺さんだけのようだ。

「あの、山辺さん」

「私、今、手が離せないの」

 さっきの話が聞こえていたのだろう、私が言う前に答えが返ってきた。

「でも、私も文具類がどこにあるかわからないんですけど」

「あっちの棚の上から二番目」

 それだけ言うと、もうこの話は彼女の中で終わってしまったみたいで、受話器をとって電話をかけはじめた。

「ごめんね。私も今日異動してきたばかりで」

 棚に向かいながら、事実を告げ謝った。

「あの、こちらこそすみません」

 恐縮しきりの新入社員の子と一緒に、さきほど説明された場所にある引き出しをあけて、当面必要そうなものを見繕ってもたせた。


「まだ足りないものがあれば、手間になるけどまた声をかけてもらえますか?」

「ありがとうございます」

 きちんとお礼をいう彼女を見送ると、私は「はぁ」と溜息をついた。
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