不埒なドクターの誘惑カルテ
 今日一日で分かったこと。それは本社では今まで以上に自ら進んで仕事にとりくまなければならないということだ。

 わりとのんびりと過ごした営業所時代とは違う。本日付での異動だか社歴は五年目になる。頑張らないと・・・・・・・。

 そう思うけれど、不安が拭いきれない私の頭に思い浮かぶ言葉は、前途多難。

 その言葉がぴったりだった。

 それからカレンダーが一枚めくられ、五月になった。ゴールデンウィークの間も私は仕事に関する資料や、本を読み漁り一日も早く仕事に馴れるようにと努力した。

 総務課の仕事は、いわゆる事務のなんでも屋みたいなもので、施設や物品の管理から株式の管理、法務、人事——その他諸々。

 その中で私の仕事は労務関係だった。営業所にいたころから勤怠管理はしていたし、会社の規定もある程度は頭に入っていた。

 しかし本社の労務の仕事となると、入退社に関わる社会保険の手続きに給与計算、有給や慶弔休暇の管理。色々な部署とのやりとりも多く、給与の振込データを経理課に回すまでは、四月は生きた心地がしなかった。

 しかし今の私を最も悩ませている仕事は、安全衛生に関わることだった。

 職場環境を整え、長時間残業を減らし、社員ひとりひとりが自分に適したライフワークバランスを保つ——それがこの安全衛生の目標だった。

 そしてそのために、我が社には常駐ではないが産業医の先生がいる。しかしそれが曲者だったのだ。

 もう遅いっ!

 私はミーティングスペースの椅子に座り、壁に掛かっている時計を何度も見ていた。約束の時間はもう十五分も過ぎている。

 今日は月一回の職場巡回の日。それに合わせて、産業医の先生と打ち合わせをする予定だったのだが、先月に続き今月も遅刻とは……。

 私は受話器を取り、このビルの四階にある束崎(つかさき)クリニックに連絡を入れた。

 しかし呼び出し音は鳴るものの≪本日の業務は終了しました≫というアナウンスが流れるだけだ。午後からは休診、おそらく事務の人も看護師さんたちも皆すでに帰宅してしまったのだろう。

「はぁ……でないし」

 私はため息とともに、受話器を置いても一度時計を見た。こんなことをしていても時間の無駄だ。

 私は一旦エレベーターで一階まで降りると、四階に停まるエレベーターに乗換えて、クリニックに向かった。
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