不埒なドクターの誘惑カルテ
 自分の好きな人が、悪く言われるのが我慢できなかった。彼の思いを知っているのに、あの場でだまっていることなど、私には無理だ。

 たとえ実らないとわかっていても、それでも彼の思いを諦めることなんてできない。この一カ月でいやと言うほど思い知らされた。

 けれど今日みたいな先生への想いの暴走が、彼にとっての迷惑以外の何物でもないなら、この思いは永遠に私の中に封印するしかない。

 ——できるだろうか。

 いや、やらなくてはいけない。せめて彼の迷惑になるようなことだけはしたくない。

 次に会うときは笑顔で——なに事もなかったかのように、以前のように。それが私にできるただひとつのことだ。

 タクシーの扉のガラスに、自分の顔がうつる。涙がぬぐってもぬぐってもあふれでてしまい、ひどい顔だ。

 やがてぽつぽつと降り始めた雨がガラスに落ち、叩きつけるような強い雨になったころ——私の涙は止まった。

 くよくよしてても、仕方ない。

 諦められないんだから、仕方ない。

 それでも、これが私の恋なんだから、仕方ないんだ。

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