不埒なドクターの誘惑カルテ
 ミーティングスペースに戻った私は、ぐったりと疲れてそして落胆していた。結局束崎先生に振り回されるだけで終わってしまったので、私の仕事はなにひとつ終わっていない。肝心のチェックリストも真っ白だ。

「いや〜疲れたね」

 椅子に座った先生は、首を鳴らしている。そんな先生を私は恨めしそうに睨んだ。

 あれだけやりたい放題やっていて、疲れたですって?

 おかげで私は今日の巡回の報告書を仕上げることができないのに。先生のプライベートの予定が埋まったことなど、報告書に記載するわけにはいかないのだから。

 カチンときた私は、失礼を承知で彼に物申す。

「お疲れのところ、申し訳ないのですが、本日のお仕事は何ひとつ終わっていません」

「ん? どうして、さっきまで——」

「どうしてって……わかりませんか? この報告書をご覧になってください。一項目もうまっていないんですよっ! これは今週中に提出しなくてはならない書類なんです。あと二日で、職場巡回やり直しするんですか?」

 努めて冷静に話をした。しかし、私の怒りの理由を理解していないのか。先生はあっけらかんと言った。

「ほら、そんな深刻な顔しなくても大丈夫だって。ちゃんと巡回はしたし、その報告書は俺が仕上げておくから、な? 茉優」

 この人は……っ! 人の仕事を適当に扱って、その上、茉優、茉優って気安く何度もっ!

 わなわなと震える手をぎゅっと握った。ここは会社だ。それに相手は産業医の先生、声を荒げてはいけない。

「あ、そろそろ約束の時間だ」

 そういえば早速、企画部の人たちと今日の見に行く約束をしていた。しかし、仕事はまだ終わっていない。

「でも、書類がまだ——」

「じゃ、そういうことで」

 立ち上がって、私の手から報告書をさっと取ると、さっさと出ていこうとする。

「ちょっと、待ってください」

 慌てて追いかけようとした私を、彼が振り向いた。

 「あ、茉優も一緒に行く?」

 ニコニコと笑うその男の言葉に、私のイライラがついに爆発しそうになった。

「けっこうですっ!」

 怒りでこれだけ言うのが精いっぱいだ。

「あ、そう? 残念だな。次は一緒に行こう」

 まさかのお誘いに、返す言葉も見つけられない。そんな私を置いて、彼は意気揚々とミーティングスパースを後にした。
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