【B】眠らない街で愛を囁いて




そのお母さんの言葉に、私は部屋の片づけをしばらくした後、
日用品と食料品の買い出しを兼ねて、ショッピングモールを探してアパートの周辺を散策し始めた。




アパートから15分くらい歩いた先の商店街の一角にショッピングモールは存在した。
そこで助言されたままに、洗濯洗剤を購入して【ご挨拶/名桐】の熨斗を付けてもらう。


洗剤や食品なども買い込んで、両手いっぱいに荷物をぶら下げながら再びアパートへと戻った。


荷物を買い込んだ後、備え付けの小さな冷蔵庫へとお肉とかを片づけると
私は洗剤を持って、一階の大家さんの部屋のチャイムを深呼吸して鳴らした。



「はーい」


部屋の中から声が聞こえる。

「203号室に引っ越ししてきた名桐です」

「はいはい、待っておくれよ」


そう言ってドアを開けて姿を見せたのは、
少し貫禄のあるおばさん。


「今日、正式に引っ越してまいりましたので
 引っ越しのご挨拶にお邪魔しました。

 僅かなものですけど、使ってください。
 宜しくお願いします」


そう言って洗剤を手渡す。


「そうかい。そんな気を使わなくていんだよ。

 じゃあ、遠慮なく。
 今どきの子にしたら、アンタちゃんとしてるねぇ。
 
 こうやって引っ越しの挨拶に来た子は、アンタで数えるくらいだよ。
 親御さんの躾が行き届いてるんだよね。

 これから学校生活、頑張るんだよ」


そんな言葉を最後に、大家さんの部屋を後にする。



私が借りたアパートは、二階建て。

一階が大家さんの住居スペースと1LDKが一つ。
二階が1Rが4つという構成だった。

残り5部屋のアパートにも挨拶に行こうとチャイムを押すものの、
まだ日中なのか不在の家が多かった。


部屋に戻って、後片付と夕食の後、気を取り直して順番にご挨拶へと向かう。

4軒中、快く対応してくれたのは1軒のみで、
残り三軒の住人からは、煩わしそうに対応された。


邪魔臭そうに、めんどくさそうに、うざそうに態度を明らかにして
対応に出られる姿に、正直、折れそうになる心。


何とか挨拶だけ口早に済ませて、
逃げ帰る様に自分の部屋へと戻った。



これが都会流の冷たい近所付き合い。

都会はドライだって聞いてたけどなんか寂しいなぁーって思った。




私が住む田舎なんて、卵が足りなくなったら平気で隣の家に借りに行くし、
調味料の貸し借りなんて、日常茶飯事。


それぞれの畑でとれた野菜を交換し合ったり、
乗り合いで町へと買い物に出かけたりと何かと近所付き合いが多い。


そんな近所付き合いの温もりに慣れすぎてるから、
このドライな付き合い方は、心に突き刺さる。


だけど負けちゃいられない。


私はこれから、この街で生きていかないといけないんだ。



自分を奮い立たすように、慣れろ私っと言い聞かせた。



新学期が始まって一週間が過ぎた頃、アルバイト先を探して求人誌を手にする。


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