【B】眠らない街で愛を囁いて


もうすぐ三十路を迎えようとしている千暁兄。
そして美人と噂されてる、兄貴のクリニックのナースも事務員も良く知ってる。


一人は兄貴の婚約者だし、後のナース三人は人妻。
事務員の人も、今年も秋に結婚が決まってると来た。



そんなクリニックのスタッフにまで、夢を見る俺の社員。
何処まで、恋愛に飢えてんだよ。



半ば脳裏で毒づきながら一階エントランスへ続く専用エレベーターで27階から一気に降りる。




エレベーターの途端が開いた途端に、
癒しの田中さんの愛称で、ここで働く人たちに慕われている化け物、もとい管理人さんが、
意味ありげなにこやかな笑みを浮かべてこちらに視線を向ける。



「こんにちは」

「はいっ、こんにちは。
 気を付けて行ってくるんだよ」


なんて俺の挨拶にも、しっかりと返事をしながら
すでにピカピカのエントランスの床を箒と、ちりとりを持って掃き掃除を続ける。



そんな田中さんの姿を、遠巻きに何か言いたげに見守る数名の人だかり。


そんな人だかりの前を何も言わずに通り抜けると、
俺はビルの正面に待たせていたハイヤーに乗り込んで車を走らせる。

河芸様の会社へと約束の時間に到着して、
今日までの仕事の進行具合と今後の打ち合わせを終えて、
今度は最寄り駅へと徒歩で移動して、大学へと移動する。


大学の講義と、ゼミを終えると再び、
B.C. square TOKYOへと戻ってきた。


すでに20時をまわり、昼間よりも少し閑散としたビル内。


8階から10階で働くこのビルのオーナーの会社も、
11階から26階のミドルフロアの会社や27階から41階のアッパーフロアで働く社員たちも、
残業をしている者のみが残っているくらいで、定時で帰宅する者たちは、すでにオフィスフロアからいない。



この時間でも空いているのは、二階にあるコンビニとシアトルから進出してきた日本初上陸のカフェ。
そして三階の銀行のATMコーナー、五階のフィットネスクラブ、六階と七階にあるレストラン街、
42階から51階のホテル。

そして53階の高級レストランと、54階のBAR、そして55階の会員制ラウンジくらいなものだ。


まっ、B.C. square TOKYOは、昼間の装いから姿を一変して、夜の装いへと趣を変えていく。




そのまま家に帰る気にならなくて、
二階のカフェへと姿を出して、カウンターに座るとコーヒーを飲みながら、ノートパソコンを開いて
やりかけの仕事へと手を付け始める。





午前中、うちのスタッフたちの言葉はあながち嘘じゃない。



眠れているかと問われれば、
殆ど眠れる夜はないって言うのが正しいだろう。


ただ……眠らないのではなく、
眠れないと言うのが正しい状況なのだろう。


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