【B】眠らない街で愛を囁いて
1.サービスエリアで出逢った男 -叶夢-
「お母さん、お祖母ちゃん、行ってきます」
そう言って私はお父さんの大きな車の運転席へと乗り込む。
「叶夢、あんた本当に大丈夫かい?」
「そうだよ。東京までは遠いよ」
そうやって、お祖母ちゃんとお母さんが気遣ってくれるのは、
今から私がやろうとしている長距離運転。
私が住んでいるのは山陰に近い田舎町。
そして今から向かうのは、東京の新しいアパート。
今年の三月一日に地元の私立高校を無事に卒業した私、
名桐叶夢【なぎり かなめ】は四月から東京の大学に通うことが決まっていた。
高校の在学中も三学期の殆どは自動車学校へと通い続けていたけど、
結局、予約がなかなか取れずに、私が無事に真新しい運転免許を取得したのが一週間前。
そしてその一週間前に事件は起こった。
まさかの引っ越し業者のトラックの手続きミス。
三月の引っ越しラッシュの時期で、この田舎町から東京までトラックを走らせるのは
最短でも四月に入ってからだと言われてしまった。
それではどれだけ、料金を安くされても意味がない。
そうやって家族会議で決断した結果、お父さんの車に詰め込めるだけ詰め込んで必要最低限の大きな荷物を
車で運ぼうと言うことだった。
そして昨日、更に事件が起こった。
お寺の住職をしているお父さんにとっては、どうしても外すことのできない急な仕事。
そう……檀家さんの一人、溝畑【みぞはた】のおおばあちゃんが96歳の大往生で他界されたのが昨日。
それからはお父さんは葬儀のための準備に慌ただしく、
私は一人、長距離運転をかってでたのだった。