【B】眠らない街で愛を囁いて


……何してるんだ……。



どれだけ平常心を保とうとしても俺の脳内は勝手に彼女の裸体を妄想し、
シャワーを浴びている姿が映し出していく。



駄目だ。
この場所は、あまりにも危険すぎる。



自分に言い聞かせるように、
俺は休憩室から談話室へと移動した。





管理人室の一角にある、談話室という名の革張りソファーが並ぶ会議室。



この場所は癒しの田中さんを求めてこのビルで働く子羊たちがSOSを出してきたときに、
招き入れて、何かが行われている秘密の場所だった。




ったく、あの人は何やってんだよ。




っと半ば毒づきながらも時計の秒針がカチカチと広がるシーンとした部屋で、
必死に平常心を思い出そうとしながら、挫折する俺の知らない俺の姿を感じていた。




……どうにもならない感情ってあるんだな……。




彼女と一緒にいる時間は確かに視えざるものを視て狭間の世界に引き込まれる、
俺の力を封じ込めてくれるのだろう。



現にゴールデンウィークで再会したあの日から、
今日まで俺は狭間の呼び声に捕らわれていない。



だけど……俺が彼女を気になるのはどうやらそれだけではないようだった。



最初は再会したかった。

次にどんな形でもいい、視えざる恐怖から解放してくれる彼女に傍にいてほしかった。



だけど何時しか、彼女に名前を呼んで欲しい。
彼女を抱きしめたい。



そんな欲望が次から次へと湧き上がってくる。



平常心はどうした?




そうやって葛藤を続ける談話室で「心が乱れてますね」っと、
含みを持った言葉で話しかけてくるのは、いつの間にか帰ってきた田中さん。



「彼女の服は?」

「ちゃんと洗って乾かしてきましたよ」っと、

それらが入っているらしい紙袋を俺に見せる。


「あぁ、彼女に返してきましょうか」

そういって談話室を出ようとする田中さんから「俺が持っていきます」っと、
半ば強引に紙袋を奪って、覚悟を決めたように休憩室へと向かった。


休憩室のドアを開けると、先ほどまで響いていたシャワーの音はもう聞こえない。


震えそうになる声を必死に抑えて

「叶夢ちゃん、ドアの前に乾かした洋服、紙袋にいれておいておくよ。
 田中さんが乾かしてきてくれたみたいだから。

 紙袋をおいたら俺はこの部屋を出るから、そしたら着替えるんだよ」っと声をかけて、
休憩室のドアから退室して、再び談話室のソファーへと戻った。


ソファーに戻ると、田中さんの姿はなかった。
多分、キッチンにでもお茶の支度にいってるんだろう。


そうこうしていると、ドアが開く音がしてキョロキョロと俺たちの居場所を探しながら、
この部屋に辿り着いた叶夢ちゃんの姿を捉える。
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