【B】眠らない街で愛を囁いて


「あぁ、お嬢さん。温まりましたか?」

「はいっ、有難うございました」

「さぁ、お嬢さんもどうぞ。
 中でハーブティーでもいかがですか?」


っとスマートに彼女を談話室へと招き入れると、
手際よく、三人分のお茶を用意してそれぞれの前へと並べる。


同時に用意されるのは53階の高級レストランの1店舗で、
コースの最後に出されるデザートが、お茶菓子が必要ですねっと並べられる。


何もかもがスマートでありながら、
同時に俺の反応を見て楽しんでるのが伝わってくる。


「うわぁ、こんなデザート食べたことないです。
 飴細工ですか?

 どうしよう、もったいなくて食べれないです。
 お母さんたちに見せたいなー、写真撮ってもいいですか?

 写真撮ったら記念にずっと食べても残りますよね」


そんなことを言いながら、彼女は鞄から取り出したスマホを構えて、
パシャリと何枚もの写真を撮り続ける。


そんな彼女を横目に「頂きます」と声を出してお茶請けを頂くと、
すでに時計の針は16時45分をさしていた。



「あっ、田中さん今日は本当にありかどうございました。
 17時からシフトなんで、今日はこれで失礼します。

 お菓子もお茶もごちそうさまでした。

 泉原さんも、助けてくださって本当に有難うございます。

 ビルに辿り着いたはいいけど、ずぶぬれで仕事をするのも気がひけたし、
 一度帰宅して着替えて、出勤しても間に合わなくて途方に暮れてたんです。

 本当に今日はお世話になりました」


彼女はそういって俺たちに深々とお辞儀をすると、管理人室を後にして地上へと続くエレベーターへと向かう。


「お世話になりました、ごちそうさまでした」っと口早に田中さんに告げると、
閉まりかけたエレベーターのドアに体を割り込ませるような形で強引にドアを再び開くと、
「ごめんね。叶夢ちゃん。俺も上まで一緒させて」っと、さりげなく彼女の隣に並んだ。




地上に出るまでの僅かな二人だけの時間。



エレベーターのドアが開くと「有難うございました」っと彼女はもう一度俺にお辞儀をして、
エスカレートの方へと駆け出して行った。



そんな彼女を見送った後、俺は再びB.C. square TOKYOを後にして仕事へと出かけた。



彼女と過ごせる僅かな時間が、
俺にとってこんなにも愛しい時間に変化していく。



再び交わる時間が少しでも早いようにと祈らずにはいられない、
未体験の俺がそこにいた。



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