【B】眠らない街で愛を囁いて
10.倒れた少女 -千翔-


七月上旬。

重なる続けるスケジュールの数々に、
俺はまだ彼女に【お礼の食事】すら出来ないでいた。


忙しい仕事の合間に、
いつものように僅かな癒しと助けを求めて日参する彼女の職場。


そこで見かける彼女は、六月下旬ごろから体調を崩しているのか
どこかしんどそうに見えた。



……体が辛いなら休めばいいのに?……



そんなことを感じながらも何時もと同じように、
作業しながら口に入れられる手軽なものを手に取って、
俺は彼女の居るレジへと向かった。



「ねぇ、叶夢。無理しないで、今日は店長に仕事あがらせて貰ったら?」


そうやって、叶夢ちゃんを説得するように話しているのは、
叶夢ちゃんのシフトパートナーなのだろう。


何時も見かけるその顔に俺も見覚えがあった。



「こんにちは。
 どうかしたの?叶夢ちゃん」


カウンターに商品を置くと叶夢ちゃんは商品を手に取って、いつものようにスキャンをしようとするけれど、
次の瞬間何があったのか、バランスを崩してカウンターにしがみつくようにピタリと動かなくなる。



その様子があまりにも、いつもの彼女と違いすぎて心配の方がかってしまう。



「叶夢ちゃん?」


レジのカウンター越しに何度か声をかけるものの、
彼女は両耳を両手で抑えまま、ズルズルと床へとしゃがみこんでしまった。




「叶夢から話は聞いています。
 私、叶夢の親友で永橋織笑っていいます。

 叶夢、一週間前くらいから体調悪いみたいで……。

 仕事も店長に理由を話して休めばって再三言ってるんですけど、
 首を縦に振ってくれなくて。

 今日もふらふらで、立ちくらみと眩暈が酷いみたいでこうやって何かに捕まってないと、
 まともに仕事も出来ないみたいなのに、休まないって聞かなくて。


 泉原さんなら叶夢を説得できませんか?
私、なんだったら今から店長に叶夢の早退、掛け合ってきますから」



そう言うと彼女は慌ててカウンターを飛び出して、事務所の方へと駆けこんでいく。



「叶夢ちゃん体きつそうなら、俺が送っていこうか?」


そういって、今も床に座り込んだままの彼女に話しかける。



事務所からお友達が連れてきた責任者らしき人が、
慌ててカウンターの中へ駆け込んでくる。



「どうした名桐?」


そうやって座り込んだままの彼女を後ろから抱え上げて、
立ち上がらせると、彼女はただ何も言えぬまま、何かに耐える様に静かに涙を流しているみたいだった。



「しかし、どうしたもんか?
 永橋は大学でも親友だったな。

 名桐の親は確か、山陰の方だったな。
 こっちに知り合いはいないだろうか?」


そういって責任者が切り出した時、親友は俺の方に視線を向けた。



「店長、叶夢のことなら今目の前にいる人に頼めば大丈夫ですよ。
 彼、叶夢の親しい人みたいですから」



そういって責任者に伝えると、

「名桐、今日はゆっくり帰って休みなさい。
 仕事は私が交代するから。

 名桐のことはお願いしても宜しいでしょうか?」っと、その人は俺に問いかける。


「あっ……はい。大丈夫です」



短く返事をすると、「あっ、泉原さん。お忘れ物の商品です」っとレジ業務をさっとこなして、購入シールを貼った後の商品を俺に手渡す。
IDでの支払い手続きを完了すると、「叶夢ちゃん、行こうか」っと彼女の体を支える様にして、コンビニの店内を後にした。



確か……コンビニの更衣室は、こっちだったかな。

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