【B】眠らない街で愛を囁いて



っと脳内に広がる、このビルの地図を思い浮かべながら、

「叶夢ちゃん、こっちでいいのかな?
 更衣室で着替えないと、帰れないでしょ」っと話しかけると、彼女は本当につらくて何もできないのか、
ただ黙って頷く。


その返事を受けて、彼女のペースで更衣室までの道程を支えながら歩き続けた。



何時もは二分もかからないその場所に行くのに、
何度も何度も立ち止まって休憩しながら、彼女は辿り着く。


添えている手を少しでも放しかけると彼女は平衡感覚を失って、
何度もよろけそうになり、その度に俺は半ば、彼女を抱え上げように体をくっつけて支えた。



「すいません。
 有難うございます。

 着替えてきます」



そういって制服のポケットからIDカードを取り出してドアを開けようとするものの、
彼女は思うように出来ないみたいだった。



「叶夢ちゃん、ちょっとごめんね。カードが欲しいんだよね」


そういって、胸ポケットから見えていたIDカードへと手を伸ばして、
そのままドアへとかざし、自動ロックがかかる前にドアを開けた。



「ありがとうございます」


そういって彼女は、更衣室の奥へと消えていった。



俺と彼女の間を遮る様に、かちゃりと大きな音と共にしまったドア。



俺は更衣室のドアの前で、腕時計をじっと見つめながら
再びドアが開くのを待ち続けた。


一分・二分と時間ばかりが経過して、十分過ぎても彼女は姿を見せない。


余りにも遅すぎる彼女に俺は手にしていた彼女のIDカードをかざして、
更衣室のドアを開ける。


するとロッカーの前で着替え終えた彼女が倒れているのが視界に止まった。


コンビニの制服も床に落ちたまま。



慌てて彼女に駆け寄る。


「叶夢ちゃん?」

彼女の名前を呼びながら、額にそっと手を触れると発熱している。


手早く散らばっている彼女の服を掴み取ってロッカーへと入れてしめると、
彼女をお姫様抱っこして、更衣室を飛び出す。



四階のクリニックへ向かうには、とりあえず一階に降りる方がいいだろう。


そう判断して、そのまま彼女を抱きかかえたままエスカレーターを駆けおりる。


エントランスに降りた俺に素早く「急病人ですね。どうぞこちらへ」っとVIP専用のエレベーターのドアを開けるのは
神出鬼没の癒しの田中さんだ。


エレベータの中に入って、ポケットの中の鍵を差し込んで何かの操作をすると「四階に直行します」と告げて、
俺たちだけを残してエレベーターのドアはしまった。

四階のクリニック。

勝手知ったる、あかつきクリニックの前で、俺のIDカードをかざしてドアを解除すると、
真っ先に診察室のベッドへと彼女を寝かせる。


そして暁兄へとスマホを取り出して電話した。

ワンコールで「千翔か?どうした?」っと告げる声に、「暁兄、急患だからすぐに来て」っと口早に告げる。

「おいおいっ、急患ってもう病院は閉まってる時間だぞ。
 また勝手なことしやがって」

「苦情なら後で聞くよ。
 暁兄、すぐだよ」

そういって、次の声を聴く前に電話を切る。



電話を切った後は、熱が出たら何が必要だ?



そうだ、体温計。
体温計何処だ?



っとクリニックの引き出しを次から次へと開けて、
体温計を見つけ出すと、彼女の脇の下へと差し込む。


その次は毛布。

そして最後に氷嚢。


思いつくままにクリニックの中を駆けずり回って、
ゴミ箱も蹴倒しながら、思いついたものを探し続けていた。

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