【B】眠らない街で愛を囁いて
21.逃げ出した都会(まち) -叶夢-


最終バスが行ってしまったシーンとした駅のロータリーに辿り着いたのは、
お父さんの軽トラ。


「よっ、叶夢」


そういって運転席から降りると旅行ケースを軽トラの荷台へと積んで、
風で飛ばないようにホロでとめる。


「迎えに来てくれて有難う」



そういって私は軽トラの助手席へと乗り込んだ。



家に着くまでの間、お父さんは何も詮索してこない。


突然帰ってきた娘に何があったのか気になっているかもしれない。
だけどお父さんは何も聞かず私を車内へと迎え入れてくれた。


自宅へ到着すると何時ものように手を洗ってから私はお寺の御本尊様に手を合わした。



必死に自分なりに頑張ってきたつもりなのに、
私の何が悪かったのかを教えて欲しくて。


静かに手を合わせながら、幼い時から覚えてしまったお経を唱える。


30分くらいの経を終えた後、
母屋へと移動して久しぶりに家族と再会した。



家族は暖かく迎え入れてくれた。



「とら、ただいま」


温もりが恋しくて、とらがいるはずの犬小屋へと向かう。


とらは何度も何度もその大きな体で尻尾をふりながら乗っかってきて、
あまりの力に押し倒されそうになった。


とらの、頭をわしゃわしゃと撫でてゆっくりと胴体へと向かって撫でていく。
そして、私はとらへと正面から抱き着いた。


ふわっふわの柔らかい毛が私の頬にふれた。


無性に泣きたくなった……。


ただ、とらを抱きしめて固まってしまった私を気遣うように、
とらは、ペロペロと私の顔をなめ始めた。



そのまま自分の部屋に帰るのも忘れて、
私はその日、とらの傍で眠ってしまったみたいだった。


明け方、目が覚めた時、とらは私の傍でどっしりと座って落ち着いていた。

夏の暑さにもふもふの毛皮では対応しきれないのか、
舌を出しながら、ハッハと体温調節に励んでいるみたいだった。



「とら、おはよう。
 ただいま。お留守番させててごめんねー。

 帰ってこれないって思ってたけど、帰ってきちゃった。
お姉ちゃん……逃げてきちゃった」



そう……逃げてきちゃった。
春から住み始めたあの場所を。


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