【B】眠らない街で愛を囁いて

緊張感から解放された後、周囲にキョロキョロと視線を向ける。
さっきまで話していた子供たちの姿はそこにはない。


「あっ、あぁーすいません。
 俺、またやっちゃったんですね」


俺は、ため息をついた後、吐き出すように独り言をつぶやいた。


またやっちまったか?
今日はどうしたことだよ。

難波での婆さんといい、ここでの子供といい……勘弁してくれよ。
我ながら、この妙な力を呪いたくなるぜ。


ってそうだ。
夜行バス・夜行バス。


「ご親切に有難うございます。
 俺、バスに戻らないといけないので」

目の前にいる女性の声は、まだ初々しい少女の姿をした存在。
そんな少女に挨拶をすると、足早に夜行バスが停車している方へと足を向ける。


だが止まっているはずのバスはとこにはもういない。


「おかしいなぁー、あそこに止まってたはずなんだけど……」


一つ一つのバスを確認するように、行く先を覗き見るが
何度確認しても俺が乗っていたバスはもうここには居ないようだった。


サービスエリアに置き去りにされた。


その現実は、一気に俺の思考回路を停止させる。
俺はその場に、うなだれる様に座り込んだ。



マジ、どうする?
此処、浜松だぞ。


そっか、遅いがタクシーを捕まえれば帰れるか?
待てっ、財布。鞄……。



こんなことになるなんて思ってなかったら、
財布もバスに預けた鞄の中だ。

やべぇー、鞄の中のノーパソには商談の機密事項も入ってるって言うのによ。


考えれば考えるほど、血の気がひいていく思いだった。



ふと誰かが俺の肩をトントンと叩いて、
「あのぉー、大丈夫ですか?」っと声をかけてくれる。


その声は先ほど聞いた、少女の声だった。


「どうかしましたか?」

「乗ってきた夜行バスが居なくなってしまいました。
 まだ俺、戻ってなかったのに……」

「携帯電話やお財布は?」

「残念ながら持っていません。
 全部、バスに預けた荷物の中です……。

 って言うか、どうするかなぁ」


頭を抱えながら唸ることしかできない俺は、
途方に暮れていた。


せめて財布だけでも持ってればバス会社に連絡して鞄を確保して、
タクシーを捕まえて東京まで帰ることも出来たはずだ。

ただ今の俺には、何もない。


ポケットには先ほどまで入っていた小銭すら、コーヒに消えてしまった。


万策尽きた俺の耳に思いがけない声が響く。


「一緒に乗っていきますか?」

「いいんですか?」


その優しい少女をまっすぐに見つめて、
確認するように問いかける。


「ただし、私免許取り立てなんです。
 高速の運転も、長距離は今日が初めてなんです。

 それでも良ければ……ですけど……」



流石に運転免許取り立てで、初めての高速運転だと告げた
少女の言葉にはびっくりしたものの、
今の俺には、彼女は女神さまのように見えて、
彼女の申し出を断ったら、この浜松から動く手立てがないようにも思え、
縋るように「お願いします」っとお辞儀をした。


少女の後ろをついて歩くと少女の前には真っ黒いミニバン。



鍵を開けて運転席へと乗り込んだ彼女は、
「後ろは荷物がいっぱいなんで助手席にどうぞ」っと言ってくれた。


そんな彼女に携帯電話を貸してほしいと頼み込むと、
兄貴へと電話を掛ける。


のぞみに乗り遅れたこと、夜行バスにもサービスエリアで置き去りにされて、
今からサービスエリアで出逢った子に、この場所から移動させて貰うことを伝えると、
電話の向こうで兄貴は苦笑いをしてた。

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