【B】眠らない街で愛を囁いて

きっちりと制服を着こなした人が機長なのだと挨拶をした後、
暫くすると飛行機はエンジンをかけて空を飛び始めた。


あっという間に階下に街並みや山々を見下ろしながら、
飛行機は羽田空港へと到着した。

そこから再び車に乗って移動して乗り込んだのはヘリコプター。



あまりのスケールの大きさに戸惑うしかない私に、
千翔は微笑みかけた。


ヘリコプターの空の旅を終えて見えて来たのはB.C. square TOKYO。

あのコンビニを解雇されて、もう二度と来るはずのなかった建物。
ヘリはその屋上のヘリポートへとゆっくりと着陸した。


外からドアが開けられて千翔にエスコートしてもらうままにヘリを降りると、
そこには、見慣れないきっちりとしたスーツ姿の田中さんが、お兄さん二人を連れて迎え入れてくれた。




「お帰り、千翔。

 お帰りなさい、お嬢さん。
 さぁ、どうぞ。

 案内しよう」



えっ、田中さん?
田中さんがどうして、仕切ってるの?



戸惑う私に、千翔さんは「父親だから」と教えてくれた。



屋上からいつものIDカードを取り出してエレベーターの中にかざすと、
田中さんは52階へとセットする。



「お帰り、叶夢ちゃん」
「お帰りなさい叶夢さん」

エレベーターの中で、二人のお兄さんからも優しい言葉を貰う。



52階でエレベーターがとまると、
田中さんは真っ先にセキュリティーゲートを潜って居住区へと入っていった。


幾つかに分かれる家のドアの前の一つに立つ。


「ここが父の家だよ。

 その隣が凱兄。
 んで反対側が暁兄で……その奥が」

「千翔の部屋?」


そう告げた私の口元に千翔はピタリと指先をくっつける。


「俺と叶夢の家だよ」



そうやってまた囁くように告げる。



二人の家だと告げられて、
また嬉しくて思わず頬が緩んでいく私がそこにいた。




案内された田中さんの部屋。



豪華な応接室へと案内された田中さんは私たちにソファーに座る様に促す。
 


「叶夢さん、驚かせてしまいましたな。

 改めまして、千翔の父で田中千偉【たなか かずたけ】といいます。
 B.C. Building Incの会長です。

 これが社長で、長男の千凱。
 その隣が次男で4階でクリニックを開業しとる千暁。

 そして最後が、末息子の千翔。
 千翔もまた、IT関係の仕事をしている」


そう言って突然告げられた自己紹介に、
驚きを隠せない。



あの癒しの管理人さんが、このビルの所有会社の会長さんで、
その会長さんが管理人さんの作業着で、建物の中で働いているなんて誰が思うだろうか。



「えっと、名桐叶夢です。
 今は大学一年生です。

 この度は、千翔に……あっ、千翔さんに心温まるプロポーズを頂きまして
 縁あって、この場所に戻ってまいりました。

 どうぞ宜しくお願いします」



そう言った私に、千翔の家族は再び暖かく迎え入れてくれた。



そして私はゲストカードでは私専用のスペシャルIDカードをお父様から頂いた。



一族専用カードがあれば地下5階からの52階ヘの出入りは勿論、
緊急事態には、1階エントランスから動いているエレベーターのどれに乗っても、
なかで操作をすると、52階へととまる専用エレベーターへと臨時的に変えてしまうことが出来る。


外にはメンテナンス中としての表示になると言うのだから驚きだ。






恋するビルの秘密は思いがけないものでそんな夢のような場所で、
最愛の千翔と優しい千翔の家族に迎えられながら私の新生活は始まった。

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