偽りの婚約者に溺愛されています

「きゃっ」

驚いて彼を見つめる。
その目から怒りを感じた。

「……終わってない。勝手に決めるな」

彼はじりじりと私に近づき壁に追い詰めると、目の前に立ち私を見下ろした。

「も、戻ってください。桃華さんが……」

「関係ない。俺は彼女を好きじゃないから。君ほど俺を翻弄する女はいない。どうして、なんでも勝手に決めるんだよ」

彼の顔が、ぐっと近づく。

「今すぐに先ほどの続きをするか?キスしそびれたと言ったよな。そしたら自分が本物だという自覚が湧くのか」

「待って。終わったんだから、もうそんな必要は……」

言い終わらないうちに、彼の熱い唇が私の唇を包む。
顔を背けようとすると、顎を掴まれる。

桃華さんを放置して、私を追ってきた理由はなに?

「んん……っ。待っ……」

彼を押し出そうと、その胸を押す手の力が緩んでいく。

どうしてここまで、芝居を続けようとするのか。
そう考えたとき、ふと思う。
もしかして、ただお金を返したいからではないかと。
あっさりと終わるためには、そんなものを受け取ったままでいたくはなかったのかもしれない。
もし万が一、私の父に知れても厄介だ。

そもそも彼は、困っている私を放ってはおけなくて、婚約者のふりをすると言ってくれたのだ。
あくまで上司として引き受けた彼の思惑から外れ、私はお金を押し付けたということだろうか。

お金を受け取ることを、繰り返し渋る彼の様子が脳裏に浮かぶ。
ようやくすべてが繋がり、答えが見えた気がした。

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