偽りの婚約者に溺愛されています
「智……いえ。松雪さんは勝手です。急にいなくなるだなんて。せっかく商品化になったのに、これじゃ中途半端ですよ。投げ出すつもりですか」
夢子の少し大きな声が、部署の中に響いた。彼女の動揺が伝わってくる。
皆が何事かとこちらを向いた。
「なんだ?褒めてもらいたくてやってきたのか?そうじゃないだろ」
クスクス笑いながら言う。
きっとからかうような口調でそんなふうに言えば、流石に君は『当たり前です!』と言うだろう。
一旦グローバルスノーに戻って、父に自分の想いを告げることは、今の俺にとっては必要不可欠なのだ。原点からやり直したい。
桃華の電話一本で、簡単に引き離されてしまうような脆い関係のままでは、これから先も同じことが起こってしまう気がする。
俺たちの背にのしかかる、会社への責任や重圧。
それを抱えたままでも、決して倒れたりはしない、心の奥からの結びつき。
それがどうしても欲しい。
だが夢子の反応は予想とは逆だった。
今にも泣き出しそうな目で俺を睨んでいる。
「もちろん、ここまで頑張ったのは、褒めてもらいたいからだけではありませんでした。新商品のことを考えて、それを使う人の笑顔が見たい、だなんて本気で思っていました」
辺りが静まり返っている。
俺を含め、部署にいる全員が、夢子の話を聞いている。
「だけど智也さんが、私を甘やかすからいけないんです。そうしてもらえると、さらにもっと頑張れるようになってきました。あなたが言うように、私はあなたに褒めてもらうことで、もっといいアイデアが出る気がしてます。それはいけないことなんですか?」