偽りの婚約者に溺愛されています

分かっていました


グローバルスノー本社前。

入口の門の隣で、そびえ立つビルを見上げながら、私は息を切らして立っている。

ササ印からタクシーで二十五分。正面で降りたが、やはり会うのをやめて引き返そうと思い、徒歩でこの場を離れた。
十五分ほど歩いたが、やはりここまで来たのだから、話だけはしようと思い立った。必ず後悔すると思ったからだ。慌てて再び、走りながらこの場に舞い戻ってきたのだ。
そんな私の横を、社用車が通り過ぎる。中にいる人が、不思議そうな顔で私を見ていく。

両手を胸の前でギュッと握り合わせ、深呼吸をする。
風が髪を揺らすのを感じながら、きつく目を閉じた。

右手で包んだ左手の薬指には、あの日はめてもらった婚約指輪がある。
私のものではないと言い聞かせ、遠ざけてきた。返す勇気も、身につける勇気もないまま、行き場をなくしたこの指輪は、私のバックの中に幾日もひっそりと収まっていた。

はっきりと気持ちを伝えよう。
申し訳ないけれど、今日だけは桃華さんに遠慮しない。

偽りで始まった婚約だけど、心の中はいつだってあなたへの気持ちが溢れていた。
笑いかけられる度に、その笑顔が愛しさから来るものならいいのにと願ってきた。

もう遅いかもしれない。黙って私の元を去ったあなたの心は、おそらくもう決まっているだろう。
だけど、修吾さんの話が本当ならば。
いつかササ印に帰ってくるつもりだとしたら。
たとえわずかでも、可能性があるのなら賭けてみたい。

ここで試合を放棄して、逃げ出すわけにはいかないのだから。私の信念は、常に本気で相手に向き合うこと。バスケに打ち込んでいた頃も、ずっとそうやって戦ってきたのだ。


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