偽りの婚約者に溺愛されています
彼の言いたいことの意味が分からない。
笹岡社長と父さんに協力?

黙って考える俺を見て、修吾は可笑しそうに笑う。

「あはは。いつもポーカーフェイスを崩さない兄さんのそんな顔が見れただけでも、価値はあったかな。夢子さんって、本当にすごい女の子だよね。兄さんが本気じゃないなら、俺も惚れたかもな。彼女はしっかりと、逃げずに向き合おうとしてる」

「どういうことだ?」

「俺も彼女を見習うよ。桃華に向き合おうと思ってる。夢子さんを見ていると、ようやくそんな気になれたんだ。あ、夢子さんなら今頃、父さんに捕まってるんじゃないかな。なにを話してるかは知らないけど」

驚いて目を見開く。

「ここでひとりで悩んでるなんて余裕だね。彼女がどうなっているか、知りもしないでさ」

急いでボールを修吾にパスして、俺は走った。
更衣室まで駆け込むと、シャワールームに入る。
汗をサッと流したあと、髪も乾かさずに服を着込んだ。

飛び出すようにジムを出ると、入口に修吾の車が停まっていた。

「俺、今から社に戻るけど?乗って行くなら構わないよ。それと急ぎの仕事があれば、今日は代わりに手伝える。あ、もちろん貸しにしとくから」

車の横に立つ修吾に言われ、一瞬唖然としたがそのまま車に乗り込んだ。

「悪いな。今度奢る」

車内で言うと、彼はケラケラと笑う。
だが、急に真顔になって俺を見る。

「俺が欲しいのはそんなものじゃない。……兄さんの婚約者をもらえないか」

彼の要求に、今度は俺が笑った。

「桃華は初めから俺のものじゃない。俺が決めることじゃないだろ。桃華しだいだ。欲しければ自分でどうにかしろ」

俺が言うと、修吾はムスッとした表情になる。

「だから、そういうところがムカつくんだって。もっと動揺したらいいのに。余裕があって、隙がない」

ぼそっと言った彼に、もう一言告げる。

「ありがとう。修吾がいて、助かったよ。ようやくなにをすべきかに気づけた。こんな俺でムカつくだろうけど、これからも頼む」

彼はなにも言わなかったが、向こうを向いたその耳が真っ赤になっていた。

「ちなみに、俺がどう見えているかは分からないが、余裕なんてないぞ。見抜けないなら、お前もまだまだだな」

こちらを向いた修吾は、軽く俺を睨んだあとフッと微かに笑った。





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