偽りの婚約者に溺愛されています
『なにかまだあったか?』

『いえ……』


理由も言わずに彼女は俺からさっと視線を逸らし、デスクに戻る。
変なことを言ったかな。
考えるが、今の会話から思いつかない。

そのとき彼女が感じたことを知るのは、それから間もなくしてからだった。


『やっぱ、彩香ちゃんはかわいいよなー。華奢でさ、守ってあげたくなるね』
『いやだ~、山野さん。重たくて持てないだけですよー。かわいいだなんて。一生懸命なのにぃ〜』

定期的に商品検査のため、工場からくる商品の一部と、新商品のサンプルは、ときには十箱を超える量になることがあった。
部署にいる人が、総動員で会議室へと運ぶのは恒例だった。

『彩香さんはいいですよ。私が運んでおきますから』

ヨロヨロと箱を持ち上げようとする女性社員に、笹岡は笑顔で声をかけた。

『あら、悪いわよー。いいのよ、私頑張るから』
遠慮する彼女の隣で、男性社員である山野が、軽々と箱を持ち上げながら口を挟んだ。

『彩香ちゃん。笹岡が君の分もやるって言うんだからいいんじゃない?甘えちゃえよ。笹岡は女だけど、君たちとは身体のつくりが違うから。究極の男オンナだもんなー』




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