偽りの婚約者に溺愛されています
偽物か本物か、わかりません

気づいてしまいました


「__それでね、そのとき中からインクがビユッと飛び出してきて、山野さんの顔にかかったんですよ。もう私、おかしくて」

「あはは。へえ。サンプルを過信しすぎたな。筆ペンはもう、充分な進化を遂げてるからな。今以上のものを生みだすのは、なかなか難しくなってきてる」

店に着いてから、一時間が経過したころ。
ワインの酔いが回ってきたのか、彼女はよく笑うようになっていた。
屈託のない笑顔を見せる彼女だが、少し前までは沈んだ表情をしていた。
お金を差し出しながら、今にも泣き出しそうだった顔を思い浮かべる。

「おいしいです。さすが、松雪さんお勧めのお店ですね。こんなに綺麗な夜景を見ながら食事をするなんて、生まれて初めてですよ」

「今日は特別。プレゼンを勝ち抜いたご褒美だよ。毎回こんなわけにはいかないけどな」

「いいえ。次回もきっと勝ちますよ。私はご褒美があると張り切ります。また来ましょうね」

切り分けた鴨肉を頬張りながら、幸せそうな顔をする彼女を見て、くすっと笑う。

「ソースがついてる。また来たいだなんて、君は俺を破産させる気か?怖いな」

手を伸ばして、彼女の口元についたソースを指先で拭った。

「あ……。すみません。私、だらしなくて」

赤い顔で俯く彼女を、懲りずにまたしてもかわいいと思う。

「いいよ。俺の前ではありのままでいたらいい。気取る必要なんかないよ」




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