偽りのフィアンセ
それから少しの間、車内が静まる。そして──
「サヤちゃん、俺と結婚しない?」
「───……っ!!」
あたしが言葉を発するよりも早く、山口が急ブレーキをかけたせいで、勢いよく前に傾いたあたしの体は、横から伸びてきた腕に抱き止められた。
「……大丈夫?」
あたしを抱き締めるような体制のまま男が耳元で囁いた。
「すっ、すまん!大丈夫か!?」
「──あ……っぶねぇよ!ハゲ!!」
間抜けな声と共に慌てて振り向いた山口を睨むと、男が吹き出した。腕の中にあたしを捕らえたままで、顔だけ背けて笑っている。
「……いつまであたしに触ってんだよ、シージー野郎」
視線を山口から男に移したあたしに、男は静かに微笑んで、あたしを解放した。余裕な雰囲気に腹が立つ。
「相変わらずだな」
素早く体を窓際に戻す瞬間に、微かに聞こえた男の呟きに眉ひそめる。
──相変わらず?
まるで昔からあたしを知っているかのような口振りに、疑問を口にしようとした刹那、またしても山口が声を荒げた。
「サヤ!お前いい加減にしろよ?『ジン』さんと呼べ!お前より年上なんだから!!」
うぜ……。
半目で山口を睨むと、山口は『ブス』とでも言いたげに鼻を鳴らす。
そんな山口に軽く舌打ちをして、男に年齢を問うと、男はクスクスと笑いながら「今年21歳だよ」と答えた。
「……ジンくんごめんな?でもちょっと確認なんだけど、さっきサヤに……」
「プロポーズしました」
何故か申し訳なさそうな山口の言葉を遮って、真顔で言い放った男の言葉に、口を半開きにして固まる山口は、今まで見た中で一番の間抜け面だった。