エア・フリー 〜存在しない私達〜《前編・誕生》
 男二人がすぐに勇の後を追ったが、今度の勇は一心不乱に駆けているので、その距離はどんどん広がって行った。

 リーダーの男が弥生の脇腹を思い切り蹴り付けた。

 すると、弥生は

「あぐうっ」

と呻いて倒れこんだ。

 しかし、もう男の耳は半分以上が引きちぎれ、ぶら下がっている状態になっていたので、

「いてぇよお〜」

と泣き叫んで座りこんだ。

 リーダーの男は、とりあえず弥生を抱えあげ車に乗せた。

 その一部始終を玄関口で見ていた黒沢は、弥生の血まみれになった口元を見ながら涙を流していた。

(とても俺たちの太刀打ち出来る相手ではなかったのだ。なんて強いんだ。子を守ろうする母の執念の固まりだ。望といい、弥生といいスゴすぎる!)

 そう感じて立ちつくしていた。

 すると、リーダーの男は黒沢に気がついて、

「俺もヤキが回ったもんだ。今度は俺自身がヤバくなったよ。でも、これが裏の世界だ。よおーく覚えておけ。」

 そう言い残すと、

「さあ!行くぞ!」

と、片耳を負傷した男をうながして車に乗り込んで立ち去った。

「恐らく勇は捕まらないだろう。」

と、黒沢は確信していた。
< 197 / 201 >

この作品をシェア

pagetop