プラス1℃の恋人
 入社当時の青羽は、営業事務の仕事をしていた。
 けれど、仕事ぶりを評価されて、去年の秋からマーケティング部に配属された。

 外語大学欧米文学部出身の語学力。
 趣味は、外国映画のセリフを自分なりに翻訳して脚本に起こしてみること。

 普段であれば、「翻訳作業は須田に任せておけば大丈夫」と太鼓判を押されるほどだった。
 ただ、夏だけはその能力が半減してしまう。

 ――けれど。

 能力を買ってくれているからこそ、千坂は無茶な期限の仕事も青羽に割り振ったのだというのもわかっている。
 青羽なら、絶対にできると信じて。

 叱られるよりも、そんなふうにやさしくされるほうがつらい。

 千坂の失望を感じ取り、青羽は涙が込み上げてきた。

「急いで直します」

 青羽は千坂の手からプリントの束を奪い取った。
 火照った頬を叩いて気合を入れ、ふたたびパソコンのモニターを睨みつける。

 頭は朦朧としているけれど、このまま帰るわけにはいかない。
 自分にだってプライドがある。

 ここでやらなきゃ、女がすたるってものだ。

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