プラス1℃の恋人
 そのとき突然、保管庫の扉がバタンと開いた。
 振り向くと、血相を変えた千坂が扉をふさぐように立っている。

「大丈夫か!?」

「すみません! 商品に変なことはしていないです! すぐに帰り支度をします!」

「焦らせるなよ、おまえはっ」

 そういえば、荷物をデスクに出しっぱなしにしていたんだった。
 就業時間を過ぎても戻ってこない部下のことを心配して、捜しに来たのだろう。

 ――これ以上、やさしいところを見せないでほしい。

 なんだかときめいてしまって、心臓がバクバクしている。

 すると千坂は、スチールの棚にもたれている青羽の顔をペタペタと触ったあと、ひょいっと抱きあげた。

「しゅ、主任! な、なにするんですかっ!」

「ばかやろう! こんなところで倒れこんで、俺が見つけてなかったらどうするんだっ!」

 千坂は倉庫で涼んでいた青羽を見て、また熱中症で具合が悪くなったと思ったらしい。

「違うんです!」

 この場所が気に入ってるだけで……と言い訳をしようとしたが、あまりにも千坂が真剣な顔をしていたので、言い出すことができなかった。


 お姫様だっこをされながらオフィスに入る。
 すると、まだ残っていた数人の社員がぽかんとした表情でこっちを見た。

 羞恥で顔が赤くなる。
 千坂は、「言わんこっちゃない!」と青羽の顔をぺたぺた触る。

 やめて!
 ひんやりした手が気持ちよくて、またおかしな気分になってしまう!

 皆が唖然と見ているなかで、「帰るぞ」と言いながら、千坂は勝手に青羽の荷物をまとめはじめた。
 仕事のときには見せない強引さだ。

 ――こういうのに、女子はけっこう弱い。
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