プラス1℃の恋人
 千坂はとても優しかった。

 小さいころ、具合が悪くて学校を休むと、いつもは放任主義の母親がつきっきりで看病してくれた。
 そのときの母のように、千坂は青羽のことを優しくいたわってくれた。

 会社を出てタクシーに乗り込んだ瞬間、青羽は強烈な眠気に襲われた。
 やはり病み上がりで疲れていたらしい。

「着いたら起こすから、寝てていいぞ」

 そっと千坂の肩にもたれてみる。
 すると大きな手で額を撫で、濡れたタオルを首筋にあててくれた。

 青羽は、ナイトに守られているお姫様の気分だった。

 ……今思い出しても、顔が火照る。


「でね、行きつけの定食屋に連れて行ってもらったの。渋い雰囲気のところだったんだけど、味は最高でね。『夏バテにはこれが効くんだ』って、一緒にネバネバ丼を食べたの~」

 夢見心地の青羽の横で、桃子と紫音は「ネバネバ丼……?」と微妙な顔をする。

 食事をしたあと、青羽のアパートまで送ってくれた千坂。

「寄っていきますか?」と勇気を出して誘ってみたけれど、「アホなこと言ってないで、さっさと休め」と額を小突かれた。

 そして少し膝を曲げて目線を同じ高さにし、「顔色、よくなったな」と極上の笑顔を見せてくれたのだ。

 その瞬間、青羽のハートは完璧に持っていかれた。

 桃子と紫音は「いいな、いいな~」とニヤニヤしながら青羽を見ている。

 ふたりともいまは彼氏がいないので、こんなふうにノロけるのもどうかと思ったが、今日くらいはヒロインでいたい。
< 28 / 98 >

この作品をシェア

pagetop