プラス1℃の恋人
 青羽がデスクの上で頬杖をついていると、ことりとスポーツドリンクのペットボトルが隣に置かれた。
 横を見ると、取引先から帰ってきていた児嶋が横に立っている。

「今日はすみませんでした」

 ミスが発覚したときの不遜な態度から一転、児嶋はしおらしく頭を下げる。

「児嶋くんだけの責任じゃないよ。伝票見たら、いろんな部署のチェックが入ってたし。全員の目をすり抜けるんだから、思い込みって怖いよね。これからは、みんなで気を付けることにしよ」

「でも、もともとは俺の書き方が雑だったせいで……すみません」

 青羽は、さっきから謝りどおしの新人社員を見てくすりと笑う。

「ごめんなさいは、もういいよ。千坂主任が無事に交渉終わって帰ってきたら、ふたりで『ありがとうございました』って言おうね」

「そうですね。わかりました。須田さん、いろいろとありがとうございます」

 そういえば、『ごめんなさい』よりも『ありがとう』を言え、というのも、青羽が昔、千坂から教わったことだった。
 自分の心を分析したら、千坂の存在が大部分を占めているのだろうな。


 千坂のいないオフィスは、なんだか静かだ。

 そもそも千坂は、マーケティング部の責任者で、営業のミスをカバーする立場ではない。
 けれど、仲間のために走り回っている。

 ――負けていられない。自分も、できる限りのことをしよう。

 青羽はスポーツドリンクを飲んでひと息つき、在庫リストを作りはじめた。
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