プラス1℃の恋人
 そのとき、ピンポンと部屋のチャイムが鳴った。
 覗き穴から向こう側を見ると、洗剤の箱とコンビニ袋を持った千坂が通路に立っている。

 青羽はなるべく普段どおりの表情を作り、ドアを開けた。

「さっぱりしたみたいだな」
「はい。いろいろとすみませんでした」

 千坂は手に持っていたコンビニの袋を青羽に手渡すと、脱ぎ捨ててあった服を拾いあげ、バスルームへと向かった。
 足音を立てないように、青羽もあとに続く。

 千坂は持ってきた洗剤で、汚れた青羽の服を洗いはじめた。

 きっとあの日も、こうやってシャワー室で洗濯をしてくれたんだろうな。

 大きな背中をまるめ、洗面台でごしごしと青羽の服を手洗いしている千坂の姿を見ていたら、なんだか愛しさがこみあげてきた。

 青羽は千坂の背後に立ち、背中から手をまわした。

 頼もしくて優しくて、ほっとできる背中。
 頬をつけて、その体温を確かめる。

「好きです」

 小さな声で、でも、はっきりと告げた。
 千坂は、手の動きを止める。

 ホテルの狭い部屋のなかに、ピンと緊張感が漂った。

 なにか答えて。

 青羽は回した手に力をこめる。

 けれど、千坂はなにも言わず、ふたたびごしごしと服を洗いはじめた。
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