プラス1℃の恋人
 ふたりがたどり着いたのは、シティホテルをゴージャスにしたような、48階の部屋だった。

「シャワー浴びててくれ。会社から洗剤とってくる」

 会社に洗剤を置いているのか。
 そういえば、熱中症を起こして倒れたときも、汚れた服をシャワー室で洗ってくれたと言っていたっけ。

 本当に保護者みたいだな。
 妹さんも10歳年が離れていると言っていたから、青羽のこともそんなふうに見ているのかもしれない。


 千坂が部屋を出たあと、置いてあったバスローブを持って浴室に向かった。
 バスタブが広くてぴかぴかしている。

 蛇口をひねると、勢いよくシャワーの水が飛び出した。
 熱くなるのを見計らい、バスタブに足を入れる。
 肌にあたるシャワーのしぶきが心地よい。

 普段はシャンパンとビールくらいでは酔っぱらったりしないが、なぜか体はふわふわしていた。


 千坂のことが好きだ。

 クマのような図体をしていて、かっこよくもなんともない。
 でも好きなのだ。

 きっとエアコンの設定温度が去年よりも1℃上がったせいだ。
 たった1℃の変化でも、体感温度は変わるし熱中症にもなる。

 なんとも思っていなかった上司がかっこよく見えてしまうのだから、クールビズ効果ってのはなかなかすごいもんだ。


 バスローブ姿で、ベッドの上に腰掛ける。

 シャワーを浴びて頭がすっきりすると、いろんな思いがあふれてきた。

 あの日はたしかに、なにもなかったかもしれない。
 でもふたりの距離は、あの日を境に近づいた。

 だから今日、正々堂々と気持ちを伝えて、あらためてお付き合いをスタートさせればいいと思った。

 千坂だって、まんざらでもないと思う。
 女子社員は青羽だけではないのに、あんなふうにふざけて絡んでくるのは、青羽に対してだけだ。

 青羽だけに心を許してくれているというのは、ただの願望だろうか。

 ものすごい美人でも、気立てがいいわけでもない。
 けれど、青羽だってそこそこのレベルの女子だと思っている。

 さっきは冗談として終わらせてしまったけれど、もういちど真剣に向き合えば、千坂は受け止めてくれるはず。

 彼が帰ってきたら、ちゃんと自分の気持ちを伝えてみよう。
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