プラス1℃の恋人
「恋人として付き合ってほしいってことです。わかってるのにはぐらかすのは卑怯です」

 すると千坂は、駄々をこねる子供をあやすように、ゆっくりと青羽の頭を撫でた。

「俺なんかと付き合いたいなんて、いっときの気の迷いだ。仕事ができる上司ってのは無条件にかっこよく見えるもんだからな。おまけに場違いなレストラン食事なんかしたから、そういう気分になってるだけだろ」

「違いますっ!」

 どうしても青羽の気持ちを認めようとしない千坂に、だんだん腹が立ってくる。

 青羽は千坂の後頭部を掴み、自分のほうに引き寄せた。
 そして、ぶつけるように唇を重ねた。

 千坂は抵抗せず、青羽のキスを受け入れていた。

 汗で湿った短い髪をまさぐり、わからず屋の上司をなんとかして陥落させようと、青羽は何度も向きを変えて唇を押しつける。

 しばらくすると、千坂がそれに応えた。

 湿った狭い空間に、唇が重なる音と、かすかな吐息が広がっていく。


「だめだ」

 突如、千坂は青羽の体を引きはがした。
 その表情には、ありありと困惑の色が浮かんでいる。

「今日はなにもしないって言っただろ」

「それは主任からはしないってことでしょ? 私からだったら、問題ないはずです」

「問題あるだろ」

 千坂はなぜか怒っていた。
 熱中症で倒れた日には、されるがままに様子を見ていたと言ったくせに。

 どうしてそうまでして、青羽の気持ちを拒絶するのだろう。
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